戸台・七丈滝沢 |
2/22
午後10時に京阪五条でN村・O坂両氏を拾い、一路伊那へ。戸台の駐車場にて仮眠。
2/23
6時半起床。天気は良好。が、暖かすぎる。氷が残っているか少し心配。これでは象の鼻は無理だろうと判断し、ボルト、ナッツ、スカイフック等は持っていかないことにする。スクリューも、あまり効かないやつを車に残置する。盗難事件が相次いでいるということで、少し不安。出発してから、車を開けておくべきだったと後悔する。窓ガラスを割られるくらいなら、その方が被害が少ないからだ。1月に来たときには、最初から雪道だったが、今回は地面が出ていた。ノンストップで丹渓山荘まで歩く。時計がないので、時間はわからない。登攀具だけもって、舞姫の滝の様子を見に行く。よくこおっている。おまけに誰もいない。前回は、O坂くんがアイゼンを忘れたため、取り付きから見上げただけで終わったが、リターンマッチは意外と早く訪れた。僕は、先に象の鼻と七丈の滝を偵察にしにいくつもりだったが、滝を見ると登りたくなり、舞姫の滝で遊んでから偵察に行くことにする。F1、F2は?+とあるが、ロープは不要だ。滝も小さいので、?+くらいにしか感じない。ただ中村君はアイスクライミング初体験ということで、念のためにロープを出す。中村君は快調に上がってくる。氷がやわらかく、登りやすかったみたいだ。
F3は思ったほど傾斜も規模もない。?−となっているが、?〜?+くらいだろう。下部は階段状で、安定した状態でスクリューを打てる。氷はやわらかく、登りやすい。N村君、O坂君が登った後、右手の傾斜の強い部分を登り、続けて左の氷柱を登る。これでもう十分だ。あとはO坂君とN村君にまかせて、僕はクライムダウンして取り付きにもどった。
戸台川をさかのぼる。鶴姫ルンゼ出合まではトレースがあるが、そこからラッセルとなる。ラッセルといっても、この時期だからたかが知れている。微かなトレースは七丈の滝沢出合まであったが、その先は微かなトレースすらない。朝からほとんど休憩なしで、ぶっ続けで行動してきたので、ばて気味。おまけにこの日差し。照り返しがきつい。出合から見た七丈の滝は圧倒的だ。米子不動ほどの大きさはないが、明るい岩壁に太陽を受けて白く輝く一条の滝は印象的だ。F1は上部の傾斜が緩いところの氷が切れていて登攀不可能。仕方なく、右岸のルンゼからまく。岩壁に阻まれた所から右にトラバースする。やがて巨大な荒涼とした空間が目に飛び込んでくる。半円状に広がる少し赤みを帯びた絶壁の左に象の鼻、右に七丈の滝が落ちている。白い滝がなければ、灼熱の砂漠とも見まがう光景だ。落石と落氷の不気味な音だけが、この空間を支配している。象の鼻は何とか氷がつながっているが、見ている間にもどんどん氷柱が崩壊していて、とてもじゃないけど取り付く気にはなれない。七丈の滝周辺も落石がひっきりなしにある。落石におびえながら、取りつきまで行って見る。トポの写真よりは太ってみえる。明日は七丈の滝を登ることに決め、もと来た道を戻る。
舞姫の滝まで戻ると、ちょうど二人がF2を下降していた。しばらく待ったが、F1を懸垂し始めたので、丹渓山荘まで戻って荷物を回収した。もともとここでテントを張る予定だったが、七丈の滝は朝早くとりつかないと危険なので、なるだけ上までテント場を移すことにしたのだ。七丈の滝出合にいいテントサイトがあった。ラッセル疲れと寝不足で、もうフラフラ。
2/23
すぐに寝たのはいいが、トイレをしたくなって起きる。月明かりが美しい。ぼんやり白く浮かび上がる七丈の滝。シュラフにもぐってから、翌日のことを考えると眠れなくなった。下降は大丈夫か、気温が高いので氷が崩壊しないだろうか、スクリューは効くだろうか、二人は上がってこれるだろうか、さまざまな思いが交錯する。こんなに緊張するのは久々だ。しかしまた、知らない間に眠っていた。
4時起床。外はガスがかかっている。気温はあいかわらず高い。ところが、昨日の水場がこおってしまって、水が取れない。これは吉報だ。時計がないので、時間の経過が今ひとつわからない。出発は5時半になっていた。昨日のトレースをたどる。足が重い。こんなので大丈夫だろうか。再びあの空間に舞い戻る。ガスがかかって、幻想的な雰囲気だ。ぼんやり浮かび上がる氷の滝は不気味ですらある。岩小屋にて登攀準備を始める。ここで気づいたのだが、どうやらトポの2ピッチ目は埋まっているようだ。出だしは?級程度の易しい氷。O坂くんリードで登攀開始。僕はカメラ係だ。2ピッチかけて滝の取り付きに達する。トポの記録では右から左へトラバース気味に登るとあるが、下から見上げた限り、左を直上するのが最も自然なラインに思えた。もちろん、氷の発達具合でこういうことは変わってくるのだが。大滝自体の1ピッチ目は大坂くんがリードする。「氷の小部屋」とでもいうようなところでピッチを切る。中村君と僕がフォローする。
いよいよ核心部の登攀だ。下から観察した感じでは、やや右よりの凹角を登るつもりだったが、トラバースしていくと、右側の氷が極めて悪いことがわかった。まるでガラス細工のようで、とても登れたシロモノではない。そこで少し左の凹角に変更した。見上げると、太ももくらい太いツララが、こちらに牙をむいている。牙の先端からはひっきりなしに水が滴り落ちる。獲物を飲み込もうとよだれをたらしている虎のようだ。垂直部分はかなり長い。ツララが覆いかぶさっていてややハングしている。登攀はまず頭の上のツララを叩き落すことから始まる。さすがに今回はフィフィを使わざるを得ない。ひとつにはスタミナに問題があるということだが、もうひとつは落氷によるフォールを防止する意味がある。頭上から雨あられとツララが落ちてくるが、小さいのはいいとして、大きいのは思うとおりに落とせない。とりわけ真上にあるやつは危険だ。そういう時は、バイルに全体重を預けて、できるだけ落ちるコースを外してからツララ落としにかかる。しかし常にうまくいくというわけではなく、いちど大きいのを横腹に受けた。一瞬、全身の気が抜けるほどの痛みがはしる。ツララのルート、とくにあまり人の登らないルートは、まずこうした土木工事を済ませてから、ようやく登れる状態になるのだ。
スクリューをもっともってくるべきだった。基部に一本打ったから、確保用以外にあと4本しかない。心持ちいつもより間隔を開けてスクリューを打っていく。長い戦いだ。なかなか落ち口が近づかない。しかし気持ちは結構冷静だ。上に進むしかないのだから。シャワーを浴びながら、かぶった部分を抜ける。垂直部分まで登ると、もうシャワーはない。徐々に終わりが近づいてきた。氷質も次第によくなってくる。そして抜けた。スクリューはもう確保用のしかない。下で確保用に使っている2本のスクリューのうち1本を抜いてもらうことにした。よくよく観察すると、目の前の氷柱をすこし削れば支点として使えそうだ。ここはスクリューを節約する。そこからは傾斜ががくりと落ち、階段状の氷を左上して、岩小屋に達する。あとは傾斜70度ほどの緩い氷が5mほどあるだけだ。その上はきっとかなり傾斜が緩くなっているはずで、あまり奥に入り込んでしまうと声が届かないこと、もうひとつには左上する前にロープの残りを聞いたところあと5mという返事があったこともあり、そこでピッチを切ることにした。渾身のリードはかくして終了した。
ふと横をみると、5mくらい離れたところに木があり、そこにスリングがかかっている。気にしていた下降もどうにかなりそうだ。重圧から解き放たれる。長丁場になることをみて、しっかりした支点をつくり、水分を補給してからビレイにはいる。ずぶぬれだが、それほど寒さは感じない。体のなかは充実感でみなぎっていた。久々に満足のいく登りができた。ひとつ心残りなのは、ビレイ点が穴のなかだったので、登攀中の写真が一枚もないことだ。
続いてO坂君が登りだした。順調にみえたが、途中でテンションがはいり、「下りる」という声が聞こえる。声が通らないので、細かいことはわからない。(あとで聞いたところでは、落ちた時にバイルが上に残って回収できなくなったらしい)。下の二人が登ってこれないとなれば、上へはいけない。ここまで来れば、もう十分満足だ。僕も降りることにした。ただ残念なことに、O坂君がスクリューを全部回収できなかったので、右下に下りていかねばならず、例の木の支点を使うことができなかった。泣く泣くスクリュー1本を残置して一気に下まで下降した。
下から見上げる大滝。日陰で見る蒼白な冷たい氷とはちがい、日が当たりだした今は白く輝いている。そして落石が始まった。長居するのは危険だ。そこから取り付きまで2人がロープでおりた後、クライムダウンする。
12時にテント場に戻ってきた。今回は成功というべきか失敗というべきか難しいところ。個人的には成功だが、パーティとしては失敗ということにでもなろうか。2人とも今年アイスクライミングを始めたばかりだし、N村君は今回が初めてだ。七丈の滝については、下で待ってもらうことも考えていたくらいだから、総合的には成功といえるのかもしれない。が、やはり二人は物足りなかったようで、この後、鶴舞ルンゼに向かった。一方僕は、心地よい疲労感と充足感に満たされ、春の日差しを浴びながら雪の上で昼寝をした。あごを上げてみると、今しがた登ってきた七丈の滝が「空に向かって落ちていた」。
テントを撤収し、鶴舞ルンゼで二人の様子を伺ったあと、一人戸台川を下っていった。