小川山(フリークライミング)

メンバー OGK、姉御、僕、フジッキー、イトコン (敬称略)
期日 2003年4月26日〜4月29日
山域 甲信越 小川山
山行形態 フリークライミング
参考資料 日本の100岩場・甲信伊豆
文責

記録

26日午前2時に京都を出発。いつも通り山科のユニクローソンでおやつを買って、高速へ。駒ヶ根SAに着く頃には明るくなり始めた。運転手交替。僕がハンドルを握って、SAを出るために車を旋回させると、姉御から「おっ、ちゃんと車が回ってる」と言われる。
途中、サイクリング名所野辺山駅で朝飯を食ってまったりしつつ、最寄り買出しポイントのスーパー、その名も”ナナーズ”で4日分の食料買出し。この時はカセットコンロ・フライパン・包丁一式を積み込み忘れた事に気付いておらず、嬉々としてチャーハンの具材を買い揃える。ちなみにナナーズの開店時刻は朝9:00。食材からキャンプ道具などが一通り手に入る。

ベースキャンプというよりは、周りが岩場に囲まれたリゾートキャンプ場の感がある、廻り目平キャンプ場に着いたのは正午ごろで、もう雨もやんでおり、太陽の光で岩がみるみると乾いていた。

・廻り目平キャンプ場は一本道の終点にあり、入場券発行機つきのゲートをくぐって、適当な所に車を停め、適当なところにテントを張る、という何ともいい加減で快適な所。9時を過ぎたら静かにしなきゃいけませんが、河原から流木を集めてきて焚き火しようが、炭火でバーベキューしようが勝手気まま。
・一人一泊600円。隣接する金峰山荘で日数分を清算して入場券をチェックアウトすればゲートを出られる。
・水道・トイレ・コインシャワー完備。高いけど、ビールや木炭やガス缶も売っています。
・金峰山荘には割と大きなお風呂があり、300円で入れる。夜7時までに入らないといけないので、遅くまでクライミングにはまっているとお風呂に入れません。
このお風呂、6時〜7時ごろに入ると、やたらと腕の太い人ばかりが居て、そんな人たち5,6人が並んで隆々とした腕でシャンプーしている光景は一見の価値あり、というか異様です、異様。

と、なんとも快適なキャンプ場から、結局一度も出る事無く4日間遊び続けました。
3日目の朝には、東京の仲間2人が網と牛肉と共に合流し、その晩はバーベキューパーティーと相成ったのでした。

以下、ダイジェスト。

4月26日

午後から「小川山レイバック(5.9)」へ。
3人ともナチュラルプロテクション(NP)でのクラッククライミングは素人。方々から借り集めたNP類を3セットすべてぶら下げてOGKがリード。使ったNPは7,8本だったか。次に僕も、トップロープされながらリードするという、クラックの練習にありがちな方法でリード。顔の前のトップロープ・足元のリードロープ・体中ぶら下がるNP、すべてが邪魔だった。
僕が登り終える頃、熟練ぽい雰囲気の2人がやってきたので、次に先に登ってもらった。参考になるかなーと見ていると、腰にキャメロットをなんと2つぶら下げただけ。取り付いたかと思うと、すたすたすたーと割れ目を本当に歩くかのように登っていった。
2人が去った後、僕らは言った。「参考にならん」

4月27日

朝早く起き、屋根岩3峰のマルチピッチ「セレクション(5.8、7ピッチ)」へ。
シーズン中は大渋滞になるこの人気ルートも、人の少ないGWは貸切り状態。
1ピッチ目のクラックで流血した僕の指は、そのまま2ピッチ目の大スラブのあちこちに血痕を残していた。
3ピッチ目の終了点で、姉御がキャメロットの0.75番を左腕にあてて何かしている。
ぼそりと一言。「注射器・・・」

2時頃にテントに戻り、対岸の「小川山物語(5.9)」へ。
しかし、シーズン中なら飛び石伝いに渡れる川が、雪解けで増水。氷水に太腿まで浸かって渡渉。余りの冷たさに、クライミング中でも滅多に上げない雄叫びを、吠える吠える。
「核心はアプローチにあり。しかも、2回も」と姉御。
夕闇迫る中、びしょ濡れの足でお風呂へと駆け込んだのだった。

4月28日

朝早く起きたOGKが、夜のうちに着いているはずの二人の車を探しに行った。僕は二度寝を決め込んだが、7時になっても帰って来ない。数十分後、2人と一緒に帰ってきた。「ずっとボルダーやってたー」
白馬主稜からそのまま直行してきたイトコンは、テント周りのあちこちの木にアイゼンやらスパッツやらツェルトやらを乾し始めた。小川山のはずが、かなり異様な光景。顔も真っ黒だったし。

「雨が降ったらキャメロットの5番をさす」の姉御の名言が出たのもこの日。
今日も渡渉をして、マラ岩・妹岩へ。ひとまず皆、カチカチ花崗岩フェースの「レギュラー(5.10)」へ。粘って何度も登っていたイトコンは、核心部のホールド・スタンスをデジカメで撮っていた。「これで完璧」しかし、写真で見ると白いでこぼこっぽいものしか見えなかった。

夜はバーベキュー。3日連続僕は火の当番。焚き木でも何とか炭を熾せるもんだ。
大学時代のバーべキューといえば、激しい闘いのあまり生焼けの赤い肉を喰らい、見捨てられた野菜は炭と化し、ビールの泡はほとばしる、そんな混沌の決戦場だったが、ここは星空の下の小川山。社会人に囲まれた金網は食卓と化していた。

4月29日

マルチピッチをしに、涸沢岩峰群2峰ダイレクトルートへ。
途中で地図を持たないハイカーに道を教えたりしながらも、アプローチに1時間半。
残雪を踏み貫き、不可解な藪を掻き分け、辿り着いたそこは、何処とも知れぬ岩峰の末端取り付き。
結局、その取り付きが会っているのかどうか分からず、敗退。

午後からは、二つに分かれてボルダーへ。僕とイトコンは4級の課題を登ったあと、昼寝。
テントに戻って、他の3人が戻ってくるのを待つが、約束の3時になっても帰ってこない。何かあったのかと僕が様子を見に行くと、まだボルダーやってる。「もう帰る気無くなった」と3人。登っているのを見ていると僕も登りたくなって、走って靴を取りに行く。イトコンも連れて行く。
イトコン曰く「ミイラ取りがミイラになった…」
OGK曰く「ミイラがミイラ取りに来ただけやんけ」
最初は呆れていたイトコンもすぐに3級の課題にハマって、結局みんなミイラと相成ったのでした。

とはいえ、流石に明日から仕事なので、5時まで粘って、6時のチェックアウトぎりぎりに出て、ちゃっかり風呂に入って飯も食ってから帰京したのでした。

最後に、フジッキーの一言。
「毎月ゴールデンウィークが欲しいよなー。そうすると金も要るから、給料も上げて欲しいよなー」

おしまい

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