京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動 −京都岳連加入−
メンバー | 高嶋、岡田、玉田、他1名 |
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期日 | 2004年3月2日夜〜3月3日 |
山域 | 岐阜県 錫杖岳 |
山行形態 | 積雪期アルパインクライミング |
文責 | 高嶋 |
ここ数年、錫杖には縁がない。雨による現地での敗退が2回。計画したものの天気が悪いとのことで中止にしたのが何度か。昨年10月は予定日を過ぎても子供が産まれず、逃してしまった(予定日までに産まれないと錫杖<すずえ>と名づけると脅していたにも関わらず…)。2月も準備を整え、車に乗り込んだところで中止になった。そしてまた今回も縁がなかった。
午後8時ちょうどに京都駅に全員が集合し、出発。今回は運転手が僕一人。高速を降りるまでは順調だったが、途中、雪で隠れた縁石にタイヤをすりつけてしまった。大したことないだろうと思って、しばらく走ったが、助手席に座っていた林君がどうもおかしいというので、峠道の途中で車を降りてみてみると、タイヤがパンクしていた。一刻でも早く着いて寝ることばかり考えていたのに…。玉田君の奮闘でタイヤ交換もすみ、あともう少しで槍見温泉というところで、何故か渋滞。事故のようだ。幸い、それほど待たずに復旧し、槍見温泉に到着。岡田君の車の横に駐車。
明け方、車の横で登山者が準備をしていた。1ルンゼに行くのだろうか、それとも笠か。いずれにしろ、平日に来るんだから、暇人に違いない。これでラッセルせずに済むなあ、と思いながら、再び眠りについた。午前6時起床。肌を突くような寒さだ。今シーズンは冬山らしい冬山には行っていないから、なお更そう感じたのかもしれな。八ヶ岳、御岳と連戦中の岡田君は真っ黒に日焼けしていた。7時40分、あるいはもう8時近くになっていたかもしれないが、出発。トレースはばっちり。最初はわかんをつけていたが、結構凍って滑るので、わかんを外し、アイゼンをはめた。アプローチでアイゼンを使うとは思っていなかった。さらのアイゼンを持ってこなくてよかった。天気は上々で、暑い。沢に流れ込んだデブリをみていると、雪崩のことが少し頭をよぎった。
いつもの渡渉点は雪で埋まっていた。ここで水を汲もうと思っていたので誤算だ。そこからは沢を延々とつめていく。もうすぐ取り付き、というところで、先行パーティが下りてきた。京都ナンバーだったので、少し気になっていたが、野村さんということで納得した。北沢大滝に行って、2回雪(雪崩?スノーシャワー?)をかぶって下りて来たとのこと。10時前にとりつきに着いた。10時40分に林君がリードを開始。本来のF1は薄くて登れないので、左手から巻くことにした。岩の部分もおもしろそうだったが、時間もないので、もっと左の簡単なルートをとる。冬壁は慣れていないのか、少々手間取っていたので、別ルートから僕がリードし、玉田くんがフォローした。2ピッチ目は凹角の岩場を少し登って、右へトラバースし、緩い氷雪壁を二股手前まで登る。上には青い氷の筋が連なっていた。玉田、林の両名が登ってきたところで、続けて3ピッチ目のリードにかかった。真ん中の氷を登ってもよかったが、スクリューを打っていると時間がかかるので、右の岩とのコンタクトラインを登る。そこを抜けると傾斜は一旦落ちる。ビレイ点はしっかり出ている。岡田くんは左の氷のラインから登ってきた。12時40分、全員が3ピッチ目終了点に集合した。やはり4人で登ると時間がかかる。1ルンゼの右俣上部からは何度かスノーシャワーが落ちてきた。2ピッチ目の終了点でビレイしていた林くんたちは、もろにかぶったらしい。ここからいよいよ氷のピッチだ。岡田くんが10mばかり登ったところで、この先どうしよう、という話になった。少なくともあと3ピッチ、これから雪崩が多発する時間帯に突入する。陽はやや翳った感があるが、上部雪田には燦燦と降り注いでいるだろう。それぞれの意見を聞いたところ、雪崩の危険が高そうだということで撤退することになった。下降はわずか30分。降りてきて、1ルンゼを見上げると、いよいよ後悔が募った。もう少し早く出発していれば…。しかしやはり4人というのはしんどい。
帰りは尻セードのオンパレードだ。とりつきから渡渉点まではいうまでもなく、あちこちで楽めた。最後は、トラバース気味に槍見温泉へと降りていくのだが、そのまま川まで滑っていったほうが楽しそうだったので、岡田くんを先頭に、滑り下りた。川のほん手前まで滑り降り、あとは水道管の上を歩いていった。しばらく歩いてから川に降り、川を横切って、登りきったところが旅館の露天風呂だった。幸か不幸か男風呂で、幸か不幸か誰もいなかった。よっぽど浸かっていこうかと思ったが、そこまで大胆かつ非常識でもなかったので、指をくわえたままそこを通過し、道路に出た。ちゃんと登山道を歩いて帰った方が早かったかもしれないが、これはこれで楽しかった。
本来なら風呂に入って帰るところだが、とにかくスペアタイヤをきちんとしたタイヤに替えたかったので、ギア分けをした後、高山へ直行した。帰りにもトンネルのなかで軽トラックが一台転がっていた。高山でタイヤを交換している間に、ご飯を食べ、午後10時すぎに京都に戻ってきた。車の中では、1ルンゼのリベンジのことを話していた。林君なんかは、すっかり乗り気で、もしパートナーが居なければ是非誘ってくださいと言い残していった。
翌朝、岡田君には悪いなあと思いつつ、彼のヨーロッパ出発までに予定があわすことは無理だろうから、「ぬけがけ」になってしまうけど、リベンジするつもりの旨、メールを出したところ、それと入れ違いに、リベンジしましょうとのメールを受け取った。早速、電話で相談をした。なかなかうまく日程は合わなかったものの、11日出発で再チャレンジすることになった。この日は昼から会議なので、会議終了後に出発し、夜中のうちに取り付き近くまで登って、翌朝に登るという手はずだ。天気が悪ければ、あきらめるしかない。もうこの日しか取れないのだから。夜、家に帰ってメールをあけると、林君から熱いメールが届いていた。あのルートは何度行ってもいいルートだと思う。けれども、まず確実に完登しておきたい。結局、断らざるをえなかった。もう、後戻りはできない。あとは天気が味方してくれるのを祈るばかりだ。しかし最近の僕と錫杖の相性からすれば、いささか心配ではある。