京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動 −京都岳連加入−
期日 | 2004年4月28日夜〜2004年5月5日 |
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山域 | 東北地方(那須岳・安達太良山・磐梯山・吾妻山・月山・鳥海山・蔵王山) |
山行形態 | 残雪期ハイキング |
ルート | アプローチは自家用車。コースタイムは「行程と記録」を参照 |
メンバー | 秦谷(単独) |
ポイント | 車の機動力を最大限生かしたピンポイント山行。 東北の山へのイメージを具体的に得られたことが最大の収穫だった。 |
3月に右肩を脱臼してから2ヶ月、GWの鳥海山山スキーへの参加は断念せざるを得なくなった。身体に無理はできないが、どこかへ行きたい。リハビリもできて、そこそこ楽しめるネタはないものか。
今年のGWは1週間ある。そういえば、東北の山にはこれまで全く手をつけていないことに気づいた。1週間も休みがあれば、アプローチも含めて東北の山を楽しんでもおつりが来る。
比較的手をつけやすく、目標を絞りやすいのはやはり百名山だ。ここは、諸国名山巡りに専念するとしよう。
快調に走って沼田IC3:00、尾瀬戸倉には4:30到着。GW直前にゲートが開放されたとのことで運よければ鳩待峠まで進めそうだ。津奈木橋で、鳩待峠へのゲートが開いているにもかかわらず車が数台様子見をしており不思議に思ったが、上に進むとその理由がわかった。やや進むと路面が鈍く光り始めた。温度計に目をやると氷点下、どうやら路面が凍っているようだ。足回りは先週タイヤを夏用に交換したばかり。これで峠まで無事に進める自信はなく進退窮まる前に峠の2kmほど手前で廣澤さんには事情を告げて別れることにする。
登山口からいきなりアイゼンを装着しなければ前に進めない。昨年同じ時期にこの道を歩いたときは暑かったくらいなのに…。無事を祈るほかない。
僕は頃合いを見て脱出、安全地帯に下り1時間程度仮眠した後日光経由で東北を目指す。4月23日に冬季閉鎖が解除されたという金精峠を通過。道路情報では路面凍結につきチェーンが必要とあったが、8時にもなれば空気はゆるみその心配はなかった。峠を越えると男体山と日光白根山がいきなり飛び込んでくる。端正な山容に心動かされるが、ここまでなら2泊3日の時間を確保できればいつでも来ることができる。今回の目的は東北だ。
さて地図を見ていると関東の北端に那須岳というピークがある。資料で確かめるとロープウェイを使わなくても2時間弱で山頂に行けるらしい。これは挨拶しておかねばなるまい。快晴で山腹には雪もないことが確認できたため、登山口から軽登山靴で登る。硫黄臭がややきつく、風も強い。登山道は完璧に整備されており山頂には45分で到着、南方には関東平野が飛び込んでくる。GW初日なのに人もまばらだ。
福島市のオートバックスでオイルを交換、日も沈んだ19:00、安達太良山の登山口である奥岳温泉駐車場に到着。一軒宿では露天風呂を開放しているが、17時までの営業、入浴料は800円とのことで断念。
この日は、廣澤さんに餞別としていただいたビールで初日の収穫を祝った。予定にないピークに登れて何だか得した気分だった。
日の出と同時に出発。GW期間も始まっているが登山者は僕だけのようだ。分岐の薬師岳で稜線に出る。朝早いため残雪が凍っておりここでアイゼンを装着。風の強い中山頂に到着。誰もいない山頂を楽しむ。磐梯山・飯豊山が近い。登山口に下りた時点でまだ8:05。普段ならまだ仕事も始まっていない時間だ。安達太良山から最も近いのは磐梯山だ。
こぎれいな裏磐梯のリゾート街を尻目に裏磐梯スキー場からのアプローチを考えていたが、除雪車が道をふさいでおり通ることができない。ここは磐梯山ゴールドライン(有料道路)で八方台を目指す。そこからなら2時間強で山頂に着ける。
八方台駐車場には10時前に到着。残雪もここで1mある。車が数台おり、ツアーのバスも停まっている。これが百名山か。ザックを除いては冬山の装備で固めて登り始める。稜線に出ると登山道が露出しており快適に高度を稼ぐ。檜原湖・秋元湖といった裏磐梯の湖沼も展望に色を添える。山頂直下にわき水「弘法清水」。残雪の冷え切った水で喉を潤せるのはなんとも贅沢だ。山頂からは一登りだが雪がバーン状に残っておりアイゼンが必須。さて山頂からは猪苗代湖も見える。安達太良山では強く風に吹かれたが昼前にもなれば大気も安定して無風だ。あまたあるピークの中でも飯豊山がひときわ白く輝いている。まだ知り得ない厳しい世界があるのだろうか?
5月1日は吾妻山に登ることにしたが時間も余っているためいったん米沢に出る。熱塩加納村の役場近くの保養施設「夢の森」で入浴。久しぶりの畳で少し仮眠する。喜多方から米沢までは4kmのトンネルで一気に越える。喜多方からは、かつて熱塩まで鉄道が伸びていた。当時の終着駅の駅舎を転用した「日中線記念館」に立ち寄ってしまうのはやはり僕がもと鉄道マニアだからかな?
米沢で買い物を済ませ、天元台スキー場の駐車場で眠る。
登山口の白布峠に向かう「西吾妻スカイバレー」は路面凍結のおそれがあるため7時にならないとゲートが開かないが、警備の方の裁量で6時30分にゲートをくぐらせていただく。白布峠は4月23日に開通したばかり、登山口からは残雪が豊富、トレースはない。どうやら今シーズン白布峠から入山するのは、僕が初めてのようだ。
天候は無風の快晴、雪の照り返しがきつく日焼け止めを買っておくのだったと後悔する。地形図を読む限りではジャンクションピーク(J.P)までは南東に、以降は東に進むだけだが、J.Pを過ぎて尾根筋を一本西方向に誤ってしまったことに気づく。J.Pから複数尾根が伸びているなかで、いったん東北東の尾根を選択しなければ真東にある西吾妻山には行けないのだった。一見たおやかな山だったが、見事にだまされてしまった。
これはハイキングではない。登山だ。
以降はコンパスと高度計・地形図を動員して愚直なまでに東へ進み西大巓(にしだいてん)へ。西大巓は無風の快晴、残雪も豊富でスキーを使えば無限のラインが描けるだろう。ここから西吾妻山までは40分。ピークは目の前に見えているが先ほどの件があるためなんとも嫌らしい。ここも下手なことはせず北東に進むのみ。昨年沢登りパーティが一夜を明かした西吾妻避難小屋を通る。ここから10分で山頂、なだらかでどこが山頂か判断がつきかねるが、最も高く、高度計が2030m(実際の標高は2035m)を差している地点を西吾妻山の山頂と判断して記念撮影。帰りは雪が緩んできたため、GW名物「雪のトラップ」に何度も引っかかり閉口する。胸までラッセルならぬ胸まで落とし穴にはまる有様だ。この日出会った登山者は、スキー2名、ツボ足1名だけだった。
西大巓でスキーの登山者と情報交換。関東の方でGWは鳥海山・月山を滑って今日吾妻山とのこと。やはり北に行くほど残雪は豊富らしい。
西大巓からの下りもくせ者。標高1600mまでは単純に西に進めばよいが以降1500mまでは微妙に西北西に進まねば、迷うわけではないがJ.Pへの登り返しがきつくなる。なだらかな地形ほど、読図には細心の注意が必要であることを百名山ツアーで学習することとなった。
山頂往復できっかり6時間。気分転換すべく温泉を探す。上山と書いてかみのやまと読む。深い考えがあったわけではないが駅の観光案内所でパンフレットをいただき外湯巡りに出かける。8つある外湯のうち、「ロケーションが坂の麓にあり、すぐそばに寺がある」下之湯に落ち着く。入浴料は外湯はいずれも80円だが、ここは創業400年の由緒ある外湯だった。観光客のための施設というよりか、地元に根付いた銭湯といった印象か。今はやりの露天風呂やサウナがあるわけでもなく浴槽があるだけで髪も洗えない。派手さもないし外面も無骨だが、生活の記憶が深くすり込まれた場所。これこそ、探し求めている温泉だ。気をよくして、そばにある理髪店で散髪までしてしまった。
デジカメのメモリーが残り少なくなってきたため家電店でメモリを購入。下界を移動する登山ならこのあたり融通が利くのがありがたい。
さて5月2日はどうしようか。蔵王が間近にあるが、あまり気が進まない。聞けばGW後半は低気圧が近づくらしい。ならば、天候が安定しているうちに歯応えのあるピークを踏んでおいたほうが後々楽になるはずだ。蔵王は帰りに組み込めばドライブの疲れも減らせるし、山頂まで45分で着くので雨でも少し我慢するだけでピークを踏める。
ならば、月山を目指そう。天気が安定していて余裕があれば、次の展開も期待できるかもしれないから。
山形から2時間弱で月山麓の志津へ。登山口の姥沢まで向かう道は17〜7時まで凍結のおそれがあるため通行不可とのことだったが、毎年ここを訪れているという勝手知ったるスキーヤーの車に紛れこんで首尾良く駐車場まで入ることができた。
朝目覚めると肌寒い。気温は0度。道理で寒いわけだ。
姥沢は月山夏スキー場の基地でもある。リフトが動き出す前に歩き始める。霧で視界がほとんどない。もっとも、GWのこれまでの登山者のトレースで雪面は荒れており迷うはずなどないのだが、昨日の吾妻山の件もあり読図をしながら慎重に進んでいく。風も強く逆境だなとひとりごちるが、7:30を過ぎて最後の斜面にさしかかろうかというとき、突然ガスが晴れて山頂とこれまでたどったルートを確かめることができた。ずいぶん広い斜面を登ってきた。この斜面を登っているのは、まだ僕だけだ。
山頂に着くと風が嘘のように止む。まるで月山が僕を迎え入れてくれたようだ。
月山の北には明らかにそれとわかる独立峰がある。鳥海山だ。あのピークから眺める月山がどのように映るのか、確かめてみたくなった。今日は5月2日。天候が持つのは明日の5月3日までだ。このGWで鳥海山に挑戦できるときは、明日をおいてほかにない。
月山から鳥海までは近いが、このまま向かってしまうのも芸がない。地図に記載があって気になっていた「自然のまっただ中を行く国道」を通っておこう。いったん新庄に戻り、鳴子〜鬼頭〜雄勝〜本荘を通っておく。大鏑山・小鏑山・神室山へと続く稜線が美しい。地元の名山に心動かされる、これも諸国名山巡りの醍醐味だ。今日の温泉は秋田県雄勝町の「秋の宮温泉」に入る。町営の保養所で450円。そこそこ。
本荘で買い出し。東北の主要な町には必ずイオン系列のジャスコかマックスバリュがある。この日は鳥海山のエアリアマップと日焼け止めを買っておく。東北の山旅を始めてから、半額に値落ちした弁当や惣菜をしこたま買い込んで、寝る前にささやかな宴会を開くのが習慣になっている。もはやジャスコなしでは生活できない身体になってしまった。この日は寿司と中華丼が半額だったのですかさず飛びついておく。
象潟から鳥海ブルーラインへ。しばらく進むと警備の方がゲートに立っている。鳥海ブルーラインも、17時から翌朝7時までは凍結のおそれがあるということで通行が規制されているのだった。これはどこかの道の駅で時間をつぶさねばならないかと観念しかけたが、「上で泊まられるのでしたら、開けますよ」との言葉に「はい、泊まります(実際は宿舎でなく車の中だが…)」と即答し、ゲートをくぐらせていただく。
今日の予定変更は本部にも連絡したし日焼け止めも買った。準備はぬかりない。ところが天気は下り坂、山頂方面はガスに覆われている。どこまで行けるかわからない不安を抱えて出発。鳥海山も月山と同様、トレースと赤布で迷う心配はない。
駐車場から1時間20分で御浜に到着、稜線に出るやいなや風で身体がよろめく。予想以上に風が激しいようだ。25分間小屋の陰で天気が変わるのを待つが風は収まるどころか激しくなる一方だ。さて、どうするか。
いま手元にある情報は、山頂に行くならエアリアマップベースだと往復で5時間稜線を歩かねばならないこと、午後以降はさらに天気が悪化するということだ。ここは僕の方に分が悪い。もとより無理をするつもりはない。ここまで来て途中で引き返すのも心苦しいが、鳥海山のピークは次の機会にとっておくことにする。
駐車場に下りても9時を過ぎたばかり。だがこれ以上北上するつもりはない。ならば、帰り道のついでに、これまで温存していた蔵王に寄っておこう。天気はまだ持ちそうだ。蔵王にはエコーライン経由で苅田峠からは有料道路に入る。今日は5月3日、時間は午後。ここまで来るとさすがに行楽客の車で渋滞している。2kmの道路を進むのに1時間を費やす。山頂の駐車場から出る車と入れ替わりでなければ、車を停めることができないのだ。蔵王の最高峰である熊野岳の標高は1814m。車道で1780mまで登れてしまっている。駐車場のすぐそばに、観光客がこぞって写真を撮る「お釜」がある。これは山ではない。観光地だ。
熊野岳方面に向かうとぱたっと人足が途絶える。45分もかけて歩くことなど一般モードでは考えられないのかもしれない。記念撮影を手短に終えてさっさと下る。それにしても蔵王は百名山ブームの行き着くところを体現しているようで、訪れて複雑な気分になってしまった。あと5年もすれば蔵王も乗鞍と同じようにマイカー規制の対象になるのかもしれない。
5月1日に入湯して深い感銘を受けたかみのやま温泉に再び足を向ける。今度は写真も撮ったし足湯も体験した。温泉の外湯・共同浴場というジャンルもこれから追求してみたいと思った。
さて、明日5月4日は雨だ。降水確率も80%とニュースでは流れている。明日は無理せずに帰ろうかな。米沢で鳥海山パーティ(河原さん)と連絡がつながる。一行は燧ヶ岳を滑ったあとで、今日帰るらしい。
そろそろゲームも終わりに近づいてきたようだ。ならば、どうやって帰るかを考えねばならない。この日は会津若松で惣菜を買い込み、新潟県津川町内パーキングで今回の山行の終了をささやかに祝った。
案の定雨。今日は一日ドライブモードだ。
新潟エリアを寄り道できるのはこの機会をおいてないとばかりに、これまで地図で気になっていた道路・温泉に手当たり次第寄っておく。
さて小谷温泉で判断だ。日本海経由で帰るか中央道沿いに帰るか。なんとしてもGWの渋滞に捕まることは避けなければならない。白馬に下って松本〜中津川〜岐阜経由も味わい深いが岐阜から混みそうな予感がしたため、ここは8号線を素直に上ることにする。社会人をやっていて東北から下道だけでストイックに帰るのも長期休暇でしかできないある種の贅沢なのか。敦賀まで来れば、京都はすぐそこだ。
未明に京都に到着。
もはや車上生活者になりきっていたため、布団に物珍しさを感じてしまう。
この日は、記憶の整理・装備の洗濯・車の清掃で一日を過ごした。