立山巡り(無雪期ハイキング)

メンバー 中川(一)、他
期日 2004年9月3日〜9月7日
山域 北アルプス 立山
山行形態 ハイキング
文責 中川(一)

9月3日

 避難小屋を午後9時過ぎに出発。今回、登攀具がないので荷は軽い。途中、食事をして立山駅に、午前2時過ぎに到着。車中で眠るが、暑くて寝苦しい。駅の前で、ゴロンと眠ったほうが、快適だったかも知れない。台風の進路が心配だ。最初は、北穂東稜から槍ケ岳まで行く予定だったが、台風の進路のこともあるので立山巡りに変更した。雷鳥平にベースを設けてしまえば、立山は遊ぶのに不自由しない。温泉もあるし、谷口さんも丸東の帰路に雷鳥平に遊びにくる予定になっている。京都の土産を持って、出発だ。

9月4日 曇り―午後より暴風雨 夕刻に晴れ間あり

 2番発のケーブルとバスを、乗り継いで室堂へ。車内のアナウンスも、しっかりと覚えてしまったので、子守唄の様に睡眠を誘ってくる。室堂は風が強く、上空の雲の足は速い。駅構内を散策してから、雷鳥平へ。雷鳥平には、テントが1張りあるのみで静かである。 テントを張り、別山乗越まで行くことにする。この日の予定は、剣沢まで散策の予定であったが、天候が悪化しそうなので別山までとする。荷が軽いので別山乗越まで、45分で掛け上がったが、ツアーの登山者かなにかの団体がトロトロと前をあけてくれないので、少々イライラした。この頃より、雨が降りだしガスが視界を閉ざしていく。風に乗って温泉の硫黄の臭いもしてくる。春に上田さんと秦谷と来た時も、風が強かったのを思いだした。時間もあるので御前小屋で、コーヒーを呑んで休息。コーヒーは、昔の大きなカップで出てきた。脇には、クッキーが乗っていた。山ではこのようなことが、すごく嬉しく感じる。小屋から出ると、ガスは濃く風は強くなっている。視界の悪い中、別山に到着。晴れていたら、剣が大きく見えるのであるが今は見えない。幸い雨は、小降りになっているので、「雪山賛歌」を歌いながらケルンを積んで、大塚さんへの献花と御供えをする。「大塚さん、元気ですか。舞鶴と剣を毎日、往復しているのですか。」御祈りしていると、中年の男女の方が現れて、オジサンが「御経を唱えましようか」と言って頂いたので、御願いしますと御願いした。読経の中で目頭が熱くなり涙が流れるが、小雨のため私の涙も岩橋さんには、判らない。オジサン達の岳友も剣で亡くなったとのことであった。オジサン達が、剣沢に下っていた後、私達は見えるはずのない剣をしばらく眺めていたが、雨足が強くなり始めたので下山。御前小屋で、ビールを買って暴風雨の中を雷鳥平へ帰った。帰るとテントは、15張くらいに増えていた。食事を終えて夕刻に晴れ間が広がり、雄山・別山乗越・大日岳方面が浮かび上がってきた。この時を利用して、夜の雨に備えてテントの周りに溝を掘った。丸東奮戦中の谷口さんと青ちゃんに無線連絡するが、コールなし。雨で苦労していることだろう。

9月5日 暴風雨―夕刻より曇り

 朝から暴風雨、テントの空間が小さくなるくらいに煽られる。大日岳の往復の予定であったが、停滞と決定。しかし、5時くらいから起きているので、時間の経過が遅い。丸東に行っている、谷口さんと青ちゃんに、無線機で連絡をとるがコールなし。心配していたが、携帯電話に谷口さんよりコールあり。12時くらいに、雷鳥平に遊びに来てくれるとのこと。これで、安心安心である。買出しを兼ねて、ミクリガ池温泉まで遊びに行って時間を費やす。湯から上がってから、時間もあるので谷口さんを室堂まで迎えにいくことにする。そうすると、赤いヘルメットを持って赤いカッパを着て、トボトボと歩いてくるグチサトこと谷口さんに遭遇。3人で2ケ月ぶりの、再会を喜ぶ。あとは、ミクリガ池温泉でアルコールを買い足して雷鳥平へ。宴会開始、ワイン2本・ビール・チュウハイ等を3人で呑んで、再会を祝った。しかし、大半のアルコールは私が、消費したらしい。雨も止みかけたころ、「旦那さん、旦那さん」とオジサンの声。私は、最初誰のことか判らないので呑み続けていると、再び「旦那さん、旦那さん」とオジサンの声。谷口さんが、「中川さんのことですよー」と言うので、外に出て話しを聞いてみるとテントの張り方が解らないので、教えて欲しいとのこと。「エ−、なんで、、、」と思ったが、テントを張ってあげた。そろそろ、アルコールが無くなりかけた頃に、また、「旦那さん、旦那さん」とオジサンの声。一緒に呑もうと言うのだ。「いただきまーす」と3人で御邪魔する。日本の山を歩き回っていると言う青年と、5人で乾杯。この頃には、雲が切れて雨が止んだ。大日岳方面からは、富山平野の灯りがほのかに空に反射している。2時過ぎから呑み始めて、延々と5時間も呑み会は続いてしまった。しかし、空は明るい、明日は晴れるだろう。それから、昼間見た雷鳥はもう早くも、足元と腹が白くなり始めていた。

9月6日 曇り・晴れ―風強し、夕刻一時・暴風雨

 夜が明けると、雷鳥平を取り巻く山々は大きく姿を現した。風は強いが、晴れている。空の雲は、かなり早い速度で流れている。朝はラーメンと餅で済ませたところ、谷口さんが、「御馳走しますし、今夜はミクリガ池に泊まりませんか」と提案してきた。2ケ月間も、雄山の頂上に暮らしていると、京都が恋しくなるらしい。また、岳友がクライミング等の帰路に立ち寄ってくれるのが、一番嬉しいらしい。御馳走して頂けるというので、OK。濡れた装備も、乾かすことができるのでラッキーである。時々、太陽も顔を出すようになってきた。ミクリガ池温泉に要らないものを残置して、谷口さんの丸東の濡れた登攀具を3人で振り分けた後、一ノ越まで舗装された道を歩いた。一ノ越の小屋の屋根には、布団が干してあったので雨は大丈夫だろと、独りで微笑んでしまった。ここからは、少し急な道を駆け上がった。少し体力が戻ったと喜んだが、登攀具を持ってないので簡単に喜べない、悲しさもあった。3000M雲上の雄山神社に到着。私達は、谷口さんの岳友と言うことで、熱烈歓迎を受けたのである。まずは、頂上の社で御払いを受けた。神主さんの声が、厳かに静かに響く静寂の時である。頂上の社には、太鼓があり「叩かないで下さい」と記してあった。多分、神への冒涜と言う言葉を知らない人が、ゲームセンターにある遊技機の感覚で、叩くのであろう。頂きからは、剣が大きく見えてくる。平蔵谷・長次郎の雪渓は、ズタスダになって春のような一条の白い帯ではなかった。社務に帰って、味噌汁の御接待を受けて、別山への稜線散歩。風は、強いが視界は良好。遠くには、富山平野と日本海までが見渡せる。また、左手に見える弥陀ケ原は、少し秋の気配である。別山到着、昨日の暴風で心配していたが、ケルンは無事に座していた、御花も御供えも飛ぶことなく。今日は、剣が大きく見える感動。再び、御祈りをして帰ろうかとした時に、突然の雨。慌ててカッパを着用するが、暴風雨になってきた。顔に当る雨は痛いし、小石は飛んでくるはで、困った困ったである。ヒィヒィで御前小屋に到着して、またコーヒーを注文して様子を見るが、なかなか弱くならないので気合で前進。しかし、高度を下げて雷鳥平の手前で、突然止んで明るくなってきた。その後は、温泉だ。食事は、豪華であり品数も多い。またまた、ワイン2本・ビール等を呑んでしまった。食堂のテレビからは、「台風の影響のフェーン現象で、明日の富山地方の最高気温は、34度でしょう」と伝えていた。平地は暑いが立山は少し秋色で、雄山神社の方の御話では「今年は、雪が早いかも知れない」とのことであった。

9月6日 曇り―風強し

 室堂まで、谷口さんに見送ってもらいバスは出た。私達は、京都へ。谷口さんは、雄山へ。立山駅に着くと、凄い観光の人達であった。テレビのニュースの通り、京都と変わらないくらいに暑かった。そして、帰路の高速は稜線の風より怖かった。強風の為、50キロの速度規制。なんとか、無事に京都到着。
こうして、久し振りに登攀具・ザイルの無い立山巡りは終わったのであった。

時雨山房

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