涸沢から奥穂高岳(無雪期ハイキング)

メンバー 榎本
期日 2004年9月24日〜9月27日
山域 北アルプス 穂高岳
山行形態 縦走
文責 榎本

 長期の休みを利用して一度どこかに一人でいってみたいなー,と思っていた所,ボッカトレの帰りに上田さんから涸沢の紅葉の話を伺い,そんなに綺麗なら一度見てみたいものだと涸沢に行く計画を立ててみた.夏合宿で行けなかった蝶ヶ岳にも行ってみたいと思ったが,増田さんから「涸沢行くんやったらやっぱり奥穂やで」と言われ涸沢から奥穂に行く計画に変更.でも何故か蝶が捨てきれず,1日日程を増やして蝶にも行く計画を立て上田さんに相談.初心者なのに高度差と距離歩きすぎ,とダメだしを頂き涸沢から奥穂のピークハントの計画へと落ち着いた.

9月24日

行きは前穂の北尾根に行く上田さん,ピンさんチームの車に同乗させてもらう.ピンさんと話すのは初めてだ.前に日笠さんとピンさんのHPについて話をしていて,いったいどんな人なんやろ?話あうんやろか?と思っていたが,普通に会話できて安心した.
 車中では前席で二人のマニアックな会話が続き,後部座席でうとうとしていると土砂降りの雨になってきた.飛騨清見I.C.で降りる頃には雨も小降りになっていたが,地元の消防団が待機しているのが見えた.次に自分で運転できるように道を覚えようとしたが,上田さんがこっちの道が早いはず,といって道を曲がったとたんに覚える気力が萎えてしまった.
 「榎本さん,寝ててもいいよ」との言葉を合図に駐車場のゲート前にくるまでぐっすり寝込んでしまった.ゲートが開くのが3時からということで,ゲート前で仮眠.

9月25日

 5時起床.駐車場内に車を移動.バスの時間までまた仮眠.6時に起きるとすっかり晴れ渡っており,これからが楽しみになってきた.朝食をとってシャトルバスに乗り平湯温泉バスターミナルへ.バスを乗り換えて上高地へ.
 河童橋は朝早いこともあってか人も少なく,登山の人がほとんどだった.私の歩くのが遅いので二人には先に行ってもらおうと思ったが,はやく着いても退屈だから,という言葉に甘えて一緒に行ってもらうこととした.
 明神,徳沢へと朝の木漏れ日が心地よい道を景色を堪能しながら歩いた.途中屏風岩が綺麗にみえて,屏風フリークのピンさんが歓声を上げていた.徳沢では,60歳以上の方ばかりの団体さんが1列になって鈴をならしながら蝶へと歩いて行った.その姿はさながらお遍路さんのようだった.
 ザックのバックレングスがあっていない気がして調節し直してみたが,結局今までで初めての重い荷物に負けたに過ぎないことが判明し,元に戻してあきらめることとした.横尾から本谷橋まで,重い,しんどい,これから上りなのにどうしよう,と少し不安になった.本谷橋にはうようよと人がいてびっくりした.なんのアトラクションもないただの河原にこんなに人がいるなんて,まるで江戸時代のようだ.夏には対岸にまで人があふれ,休憩する場所がなくなるそうだ.恐るべし涸沢.
 緩めののぼりを進んで行くとだんだん紅葉が見えてきて,目に鮮やかであった.景色のきれいさにしんどいのも少し緩和され,写真をとりつつちんたらと登って行った.バテバテで進む私の横を,写真をとるために前へ後ろへと足取り軽く上田さんが走って行く.ピンさんは私の2倍の重さ程のザックを軽々と背負い,景色を堪能しながら歩いている.
 涸沢のテン場が遠くに見えるものの,まだまだ先は長い.重いことがこんなにしんどいなんて!小屋泊まりの人を恨めしく見送る.ヒュッテの吹流しが見えてきて,やっと到着.カール地形の名前の由来を実感.眼前に景色が迫ってきて息苦しいくらいに思えた.ヒュッテのテラスで3人で生ビールを飲んだ.最高においしかった!
 5・6のコルに向かう上田さん,ピンさんとは別れて一人酔っ払いながらテントを張った.一人だと広々としていて,やみつきになりそうだ.整理しなくていいってなんて楽ちん.すぐに食事をすませ,横になって本を読んだ.

9月26日

 できれば前穂にも行きたい,との思いからまだ暗いうちに出発.ザイテングラードまでの道をゆっくり歩く.荷物が少ないので昨日よりはだいぶ楽だ.休みながらザイテングラードの取り付きまで歩いた,天気はあまりよくなく,ガスってて景色もいまいち.とりあえずストックをしまい,先を急ぐ.降りてくる人も多く,道をゆずりあいながら進む.はしごの所で中年女性がストックをもったまま苦戦しているのを待つ.両手が空いてたほうが楽なのに...
 両手を使って小さな岩をいくつも越えて行く.取り付きまではあんなにたくさん人がいたのに,いつのまにかほとんど人がいなくなっていた.ガスがひどくなって10mも視界がきかない.あとどれくらい登るのかな,と思い始めたら雨が降ってきてレインウエアを装着.身支度を整えて再出発したら目の前が小屋だった.あほらしー.ガスガスだけどとりあえず涸沢岳に向かう.前日涸沢岳に行く,と言ったら上田さんに,「涸沢岳に行くの?イヒヒ,ごくろうさん.」と言われたのだが,山頂に着いたら確かにごくろうさん,だった.景色が見えたらまた違うのだろうけど.
 小屋に戻り奥穂へ.はしご,鎖と続いてちょっと怖かったものの,難なくクリア.風にふかれながらガスの中を山頂へ進んだ.山頂に着いても全く視界がきかず,ただ着いただけ,になってしまった.視界の悪さと,風,寒さから前穂に行くのは断念し,小屋へと戻って休憩した.
 休憩中に東側が晴れてきて,涸沢の紅葉や,蝶-常念-大天井へと続く稜線がくっきりと見えてきた.この日の予定はもう涸沢に降りるだけだったので,この景色をザイテングラードの途中から,飽くことなくずっと眺めた.夏合宿で行った所,行けなかった所に思いを馳せながら眺めた.蝶ヶ岳の名前の由来でもある蝶の形が山の上にくっきりと見えて感動した.常念岳が雄大で美しく,吉田君が「常念はかっこいい」,と言っていた意味が初めて理解できた.
 帰り,もう14時近くなっているのにこれから登ろうとしている団体さんとすれ違った.この時間にここ,ということは下から涸沢まで登ってきてさらにザイテングラードを登って穂高岳山荘まで行くのだろう.ツアーで行くのも体力いるなー,としみじみ思った.

9月27日

 テントをたたんで,6時半ごろ出発.パノラマコースから屏風を目指す.パノラマコースは足場はあまり良くないものの,紅葉はもちろんのこと,歩いていくにつれて槍ヶ岳がくっきりと見えてきて,その名にふさわしい雄大な景色を味わった.紅葉を楽しみながら,屏風のコルに到着.ザックを置いて屏風の耳へ.
 屏風の耳で景色を楽しんでいると,西穂からやってきた西村君がやってきた.声をかけて写真撮影.屏風の頭まで行くという彼に私も同行した.頭まで行くつもりはまったく無かったのだが,にっしーの後に行くと楽に頭までたどりつけた.後からきた女性2名がかなり苦戦していたのを見て,やっぱり自分よりレベルが上の人の後につくと楽だ,という事を実感した.
 360度の展望,涸沢の紅葉を見納め下に降りた.先を急ぐにっしーとは下で別れ,ひとり徳沢に続く道を下って行った.屏風を過ぎてからは雨が本降りになり,さらに道が比良の小川新道のような大きな岩が続く道となり,泣きたくなった.荷物は重いし,岩は雨ですべるし,足は疲れて思うように動かないし,雨に濡れずに休憩できるところもないし...泣き言を言っても誰が助けてくれるわけでもないので仕方無く進んで行った.沢沿いに下る道に出て,やっと岩の無いまともな道が出てきたときにはほっとした.
 徳沢に着いたら12時前で,こんなに時間かかるなんて!と思ったが,それは勘違いで,実際はエアリアのコースタイムより早いくらいだった.ここで体力の限界を感じ,計画では徳沢で1泊する予定だったが,雨も降ってることだし京都に帰ることにした.
 ところが河童橋までくると天気が回復し,快晴へと変わった.なんだかからかわれているみたいだったが,まぁ「またおいで〜」と言われているのだろう.上高地アルペンホテルで入浴後,バスで帰路に着いた.

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