南紀・大塔川高山谷(沢登り)

メンバー CL福澤、SL高嶋、秦谷、梁瀬(関西岩峰会)、山川(関西岩峰会)
期日 2004年10月2日〜10月3日
山域 南紀・大塔川高山谷
山行形態 沢登り

秦谷の所感

 コンビニに置かれた『ゴルゴ13』のタイトルが『ゴルジュ13』と読めてしまうようになったのは、いつからだっただろう。
 「ゴルジュ」とは、流れの両岸が狭く岩壁の迫ったところ。岩壁が切り立っていて巻くことができなければ、泳いで進むしかない場所のことを指す。

 この先を考えるならば、今シーズン、ゴルジュを泳ぐ体験を一度はしておきたい。
 泳ぎ系の沢で有名なのはなんと言っても南紀の黒蔵谷。8月初旬に入渓地点まで入るも増水が激しいためあえなく転進、8月下旬福澤パーティが黒蔵谷遡行を成し遂げたのを聞いて激しい羨望の念にとらわれていたが、このたび黒蔵谷の支流の高山谷を遡行するプランを立てていただけるという。とある山岳会の記録によれば、高山谷は黒蔵谷よりも水量が多く泳ぎを楽しめる沢とのこと。おそらく快適に泳ぎを楽しめるのは10月初旬で最後だろう。僕の密かな願望を汲んでくれた(ように僕が感じているだけだろうが)福澤さんの好意に胸が熱くなった。

 メンバーは高嶋さんをはじめ、関西岩峰会の2人も精鋭ぞろいだ。ここはメンバーのノウハウを盗むつもりで、初心に立ち返っていこう。

10月1日(金)曇り

 今回の車は高嶋号と秦谷号の2台体制。入山地点と下山地点に車を分散して効率よく行動しようという算段だ。
 奈良市内で、ついに僕の車の走行距離が10万キロを超える。10月1日に10万キロとは、なんともきりがよい。
 京都から南紀の本宮までは200kmもないが、時間は300km以上離れた信州と同じくらい要する。奈良には高速道路が整備されておらず、アクセス路である国道168号線は未改良区間が残るからだ。しかし、この隘路が南紀を静かな山たらしめているのだと思えば、狭い道を行くドライブも苦ではない。
 京都駅を出て5時間で本宮の道の駅に到着、3時間ばかり仮眠する。そろそろ、夜が肌寒くなってきた。

10月2日(土)曇りのち雨

 雲が重くたれ込める。沢登りの前にこれでは気が滅入る。
 高嶋号を下山地に置いて、秦谷号で入山地点である黒蔵谷出合に向かう。ところが、途中でついに空が泣き出した。
 雨の沢登りなんて危険、帰ってしまえば楽じゃないか。でもここまで来たのだから、その片鱗でも触れてみないか。行きたくないけど、行きたい。運動会の100m競争の直前に味わう、胸を絞られるような心境。
 雨足がいよいよ強まってきたので、車に座ってしばらく様子をみる。折からの台風で9月29日に本宮町では211ミリの降水があったようだが、福澤さんに渓まで下りて視察していただいたところ、増水はそれほどでもないとのことで、いざ入渓。これで吹っ切れた。

 今シーズン南紀の沢は3度目。8月の立間戸谷でも、9月の八木尾谷でも雨に打たれていたことを思い出す。そういえば今年行く沢はことごとく雨に降られているなあ…
 黒蔵谷出合からいきなり下半身を浸けて徒渉するが、さしたる困難もない。黒蔵谷に入渓して最初のアクセントが10mの鮎返滝。水量はやはり写真の倍くらいあるようだ。ここは素直に左側を巻く。しばらく川原歩きが続いていよいよ全身を水に沈める。いよいよ泳ぎの始まりだ。ザックの中身はすべて二重に防水をしてきたので以前のように携帯を水没させる心配もない。

 泳いで真っ先に感じたのは、足を流れに委ねたままで進む違和感である。水深が身長よりもはるかに深いので、地に足を着けられないのだ。山登りをやっていて足を使わずに前に進んでいくとは、なんて痛快な体験なのだろう。自分の泳力とホールドにしがみつく握力が頼りになる。浸かるだけならば犬かきでごまかせるが、いよいよゴルジュを泳いで対岸に渡らねばならない場面が出てきた。表面は穏やかな瀞でも意外に流れは強い。幅自体は2m強しかないが、ホールド探しに難渋する。つかまるものがない状態で流れに負けそうな不安。目をギョッと見開いて悲鳴に近い叫びを上げる。この山行一番の恐怖を味わう。こういうときはあがくほど状況を悪くするものなのか。いよいよ岸から手が離れてヤバイと思う手前で、先行していた高嶋さんに手を差し伸べていただく。助かった。全力で泳いだ反動で全身が震えている。一歩岸に上がるだけなのに大儀なこと。力の使い加減を知らないからこうなるのだ。

 高山谷出合までは泳ぎと河原歩きが適度に混じる。1時間半ほど歩いたところで休憩を入れる。場所は岩場、2m下に深い瀞。ちょうど飛び込めそうなロケーションだ。流れに果敢に飛び込む福澤さん。この様子は後日「お立ち台からのダイブ」として雪稜のWebサイトを飾ることになる。

 高山谷の出合手前で釜が現れる。高嶋さんと僕は潔く右岸を巻くが、福澤さんたちは釜を水線沿いに突破しようとしている。空身で取り付いて弱点を探り、流れに負けないよう身体を岩にすり寄せるように登っていく。白泡盛んに立つ釜に無心に挑む梁瀬さんの後姿には神々しささえ感じてしまった。より困難な沢では、水線と勝負しなければどうにもならない場所も多いのだろう。

 出谷出合、高山谷出合までは、遡行図のタイム通り進む。滝の高巻きで一度懸垂で降りるほかは、困難な場所もなく腰程度の徒渉と川原歩きを繰り返す。16時20分頃、二俣の手前でツエルトを張れるスペースを見つけたので、ここで装備を解く。

 薪は折からの雨で湿っているが、福澤さんが太い薪を下に、小枝を上からかぶせてメタで点火して見事成功。聞けばこれは角谷さんの手法、手品を見せられた気分だ。夕食は山川さんにキノコと鶏を主にした鍋を用意していただいた。焚き火を見つめながら(僕にしては)歯応えのあった今日の行動を振り返る。沢には、全身で泳がないと前に進めないところもあるんだ。山登りを始めたばかりの頃に味わった、新鮮な驚きにいつも包まれていた頃の感覚を思い出した。

 火種が尽きる頃に寝る。満天の星が眩しい。日中もこれくらい晴れてくれればいいのだけど。

10月3日(日)雨のち曇り

 相変わらずぐずついた天気だ。テン場の上流にも数カ所泳がねば越えられない釜があるが、相当上流まで来ているので流れは昨日ほど強くない。一箇所、釜の突破で高嶋さんのお助けひものお世話になる。次回からは、少しは自立できるようにしたいところだ。

 稜線に出てからが少し渋い。新しくできた林道に登山道の看板があるのはいいがその登山道が荒廃しているようで、踏み跡すら見つからない。覚悟して藪のなかを下る。終わってみればやや東に反れていただけだったのだが、入山者や情報も少ないルートは、静かな山を保証してくれる反面、読図に細心の注意とセンスが要求されることを感じた。

 高嶋号に乗って黒蔵谷出合に秦谷号を回収しに行く途上、なんと河原パーティと相まみえる。聞けば、折からの雨天で谷川岳西ゼンから転進、南紀の滝本北谷(たきもときたん)を狙っていたが、折からの雨であきらめた帰りとのこと。僕たちも、今日のように小雨が降り続いていれば、高山谷はあきらめていたかもしれない。なんとも、タイミングが悪い。

 帰りは、川湯温泉の公衆浴場で汗を流す。庶民的な料金(200円)とたたずまい。これから南紀に出向くときは要チェックである。

水量はやはり通常の倍くらいあるようだ

水量はやはり通常の倍くらいあるようだ

穏やかな河原歩き。これも黒蔵谷

穏やかな河原歩き。これも黒蔵谷

高山谷出合

高山谷出合

ゴルジュの始まり

ゴルジュの始まり

釜を突破する

釜を突破する

二俣の手前で幕営

二俣の手前で幕営

上流にも数カ所泳がねば越えられない釜が

上流にも数カ所泳がねば越えられない釜が

あとは車を回収するのみ

あとは車を回収するのみ


福澤の所感

10月2日 曇り時々雨

 前日は道の駅本宮にてSTB。6時に起床し、下山地点の尾和田橋バス停脇の駐車場に高嶋号をデポ。大塔川黒蔵谷出合に到着するも,雨が降り始める。皆のこの天気で突入するんすか?と言わんばかりの非難がましい視線を感じて、とリあへず車内に待機してもらい、我輩は一人大塔川本流右岸に下り偵察に出る。3日前の台風の影響(この日、本宮で211mmの降雨があった)で絶望的な水量で敗退、を期待していたのであるが、くそー、なんや全然濁っとらへん、これで入渓せんやったらオトコの恥ってんで、ホイホイと入渓準備に入る。大塔川左岸に渡って黒蔵谷に入渓。
 8月の増水黒蔵突入プロジェクトの時並みに水量豊富な鮎返し滝は前と同様右岸から簡単に巻いた。黒蔵遡行経験のある高嶋、梁瀬の2名の記憶からしても明らかに水量が多いとのこと。我輩は通常の水量時の黒蔵を知らないのだ。
 今回は本来、晴天のもとでエメラルドグリーンの淵を遡行するのが趣旨だったのだが、またしても空も水も鉛色だ。下ノ廊下は、前回の黒蔵の時には泳ぎの苦手な山川を2回ロープで引っ張ったのだが、今回は引っ張らずに済んだ、
 出谷出合で休憩を入れ中ノ廊下に入る。前回の黒蔵でてこずった4m滝は一見難しそうな右側を行けばよいことが分かっていたので、山川にトップを勤めてもらった。それでもやはり緊張したと思う。
 高山谷出合直前の大釜を持つ滝は右岸から高巻いたら簡単だった(8月に山川と黒蔵に来たときはそうしたのだが、今回その記憶は忘却の彼方にあった)はずなのだが、梁瀬の“ここには鮮明な記憶がある、左側の残置を利用して登れる”という信憑性のない発言を信じた我輩は何も考えずロープも結ばずに、安易に左から泳いで滝左脇に取り付こうとした。ところが、げっ、滝つぼに引き込まれるってんであわてて引き返すも、洗濯機状態の釜から戻れず、山川にスリングを投げてもらいようやく脱出。怪しげな証言をした梁瀬はロープを結び空身で左から上がった。梁瀬のザックを上げた後、セカンドの山川がザックを背負って同じルートを行くも敗退、我輩も同じくザックを背負っていくが敗退、高嶋、秦谷はこんなAHOに付き合ってられへんと右岸から低い巻きに入った。これが正解。結局、我輩は空身になって梁瀬ヘボルートを上がった。大幅に時間オーバー。今まで順調だったのに、高山谷出合まで4時間15分もかかったのはここのせい。

 さて、高山谷に入ってしばらくは河原歩き。その後長いゴルジュになる。関西周辺の谷、マル1の滝はたしかにあったのだが、どう突破したのか記憶がない。八丁涸鹿は明るい河原で、ゴルジュ続きの黒蔵、高山谷ではオアシスかもしれない。八丁涸鹿を過ぎると、次から次へと大釜や淵をへつり、ダイビングして泳いではその奥にある3m前後の滝を攀じりで越えていったが、さして困難なものではない。釜の数が多すぎて覚えていられない。35歳を過ぎるとダメだ。
 高山谷は黒蔵谷と比べると登攀的要素が薄く、岩登りの苦手な我輩には嬉しい渓相ではある。沢が右に大屈曲する地点で右側を大きく巻く場所があり、ここが高山谷の核心部、関西周辺の谷、マル5地点か。我輩がトップで行くもびびって行き詰まり、投げ縄の準備をしていたところ、天然毒舌流ちょんぼ棒術の使い手梁瀬がしゃしゃり出てきたので、その秘技を披露してくれるものかと期待していたら、あっさりフリーで登っていきやがった。つまんねぇ。ずいぶんと追い上げられた末、痩せたリッジを乗越し、30m補助ロープいっぱいの懸垂でガレたルンゼに下り、そこから歩いて沢底に戻る。左から行っても似たりよったりではないだろうか。泳ぎ以外で30mロープを出したのはここだけで、アンザイレンは一度もやらなかった。気がつくと雨もやみ青空が見え始めていた。
 左岸に潰れた小屋跡を見て、ツェルトサイトを探しながら遡上、2.5万図高山谷の高の字のあたりの左岸に石垣のあるよいサイトがあったのでここに設営。薪がびしょぬれの割に楽に焚き火ファイヤーした。炊きつけを上に乗せて着火する角谷式の威力を改めて確認。プロの大酒飲みの我輩以外の4名が全員下戸で、ちょっと寂しいもんがあった。

10月3日 曇り時々雨

 6時起床。7時半行動開始。核心部は昨日越えているので緊張感はなし。珍しくさわやかな朝だなぁと感じたのは、秦ちゃんが十津川八木尾谷の教訓によりニンニクを食っていなかったからだろう。
 ちょっとした右岸のへつりでショルダーしようかなと迷っていると手足の長い高嶋があっさり行っちまった。くそー、身長の違いがそのまま足の長さの違いやしな。次回はくそ狭いチムニーに追い込んでじたばたさせてやる。
 この辺りで山川にトップに出てもらったのだが、そのためにえらい目に合った。お子ちゃまパワーで飛ばしすぎー。一目散に突っ走って後ろ振り返らないんだもんな。二十代の秦ちゃんはともかく、他の三十爺3人衆はひぃひぃ言わされやっとこさ付いて行った。  2股にのみ気をつけて現在地を見失わないように詰めていく。最後の詰めですったもんだがあり、我輩には現在地を同定できなかったのであるが、結果的には偶然ながら思っていた通りのルートに入り、椿尾峠とCo741中間の稜線上に出たらしい。我輩は、当然じゃと何食わぬ顔をしていたが。時に10時50分。
 稜線上を左にとると、10分もかからず地形図にはない林道に出て、親切な概念図付の看板に行き当たる。ふんふん、右に出てしばらく行った土場から皆根川に下ればええっちゅうことやね。土場にも概念図があり、その奥には踏み跡が。これなら楽勝と安心したんやけど、ところがなぜかうまくいかんのが今年の我輩の山行。踏み跡は5m入ると早くも不明瞭になる。これ登山道とは言えないっすよ。テキトーに下ることに決定。
 しばらくは尾根伝いに行こうとするも激薮に阻まれ沢に下ることに。これまた倒木の嵐で難航。結局のところ、地形図の点線ルートの右側の谷を下った。容易な沢で,上の林道土場から1時間で皆根川林道に出合う。
 林道との出合のすぐ左手に、野竹法師への登山道の標識があったが本当に道なのか? しかし高山谷は大きい滝がないから、飛び込んでは泳ぎで懸垂なしで下れそうだし、この道を登って高山谷下りってのもいいかも。来年やってみるか。黒蔵谷遡って高山谷下降ってのも魅力あるけど、2泊3日欲しいところだ。いづれにしても、黒蔵谷、高山谷とも我輩の好みで言わせて貰えば関西では1,2を争うので、来年も行ってみたいと思っている(今年の2回と違って天気がよくかつ水量が少ない時に)。

 30分ばかり歩いて尾和田の車デポ地に到着。黒蔵出合に車回収に向かう途中なぜかこれから龍神の温泉に行くという河原パーティ4人衆(河原、竹村み、稲野、里見)に会った。滝本北谷への入渓の判断を多数決によったところ、1対3で突入派が押し切られたらしい。誰が突入派だったか分かるかな、分かるよな、スズメバチに刺されてもクライミング続けるんだもんな。
 この期に及んでまだヒルが指に食いついていたりする。なぜか福澤、高嶋の2名が集中的にやられていた。高嶋号のフロントガラスにも1匹ついていた。
 入浴料200円の川湯温泉の公衆浴場で汗を流し、秦ちゃん御用達のうどん屋得得(1玉でも3玉でも値段がおんなじなんですよ〜by Hatatya)で飯を食いおしまい。

(文責:福澤)

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