京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動 −京都岳連加入−
メンバー | CL マツダ、SL ウエダ、ニシムラ、カノウ |
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期日 | 2005年7月22日夜〜7月24日(金〜日) |
地域・山域 | 奥美濃 板取川 |
山行形態 | 沢登り |
地形図 | 上ヶ瀬、門原、下大須、平家岳(1:25000図) |
京都駅23:00〜杉原02:30
杉原06:00〜林道P07:50〜西ヶ洞出合08:15〜大釜09:50〜赤い廊下09:40〜大山田谷出合11:29〜小山田谷出合13:00〜関門13:45〜ハングした岩15:48〜3段6m17:00〜ダム17:45〜テン場(上池ダム予定地付近)19:00
テン場06:50〜ドウノ天井07:45〜箱洞下降開始08:30〜川浦谷本谷出合13:08〜遊歩道入り口13:55〜林道P14:50〜板取川温泉〜京都20:00
共同:朝食1、夕食1、23日の朝食は各自、ただし、お湯は沸かす。
23夜野菜いっぱいカレー・24朝お茶漬け
5325円/一人
うだる暑さが続く中、沢に行くことができるのは幸せなことです。
川浦谷・西ヶ浦は長い歩きが続く沢で、さすがに疲れました。難しい箇所はいくつもないのですが、ひたすら岩飛びを続けなくてはいけません。たまに飛び込むと寒いくらい。
今回長い歩きだったためか、いろいろな生き物を見ることができました。ヤマカガシ、マムシ、普通のヒキガエルに川で見かけるナガレヒキガエル(それは今回無数に!)、カエルの子(うじゃうじゃ群がっていて何匹踏んでしまったことか)、ヤマメ(ウエダさんの手づかみ。捕食しました)…
中でも収穫はカモシカの頭骨。持ち帰りました。これは頭骨標本にしようと思っています。楽しみだ♪
1/25000地形図を見て目が点になった。西ヶ洞の水線をたどって行くとダムに突き当たる・・・。沢を詰めて、ダム!??。こんなことは初めて。
しかし、驚いてばかりはいられない。100mを超えるコンクリートの壁をどうやって越えるんや?人工の技を駆使しても無理。普通はゴルジュをどうやって突破するかとか高巻きのルートはという心配をするんだけど・・・。
困ったときはweb頼み。早速検索してみると、「大釜倶楽部」のHPに詳しい情報があった。ダムを上空から撮った写真を見るとダムの取り付け道路から谷に向かって木を伐採した跡がある。これは!と思って関市板取事務所に電話して、ダムの手前から道があることを確認。今回の山行の一番の心配事は無事解決された。
歩いた距離は沢を約16〜17km、舗装道路は川浦ダム横からドウノ天井下までを入れると7〜8kmで、合計24〜25kmくらい。実によく歩いて、よく泳いだ沢旅だった。
マツダさんが40年もの間とっておいたという川浦谷西ヶ洞。みんなの予想に反して登攀的要素のあまりなく、泳ぎが多い沢だった。美しい渓谷が残っていて、いくつもの美しい風景が見ながらの遡行するのはとてもよかった。特にエメラルドの水流の中を泳いで取付いたりするのは非常に楽しかった。泳がなくてもいいところも泳いで泳いで、後がへとへとだったが。ウエダさんがあまごとかを手掴みで取ったのはさすがだと思った。真似したが一匹も取れなかった。さすがにダムが間近になると少しづつ水が悪くなっていき、遂に巨大なダムに付き合ったときは人間のえげつなさを感じた。ダムのあたりではさすがにたき火はできんだろうと思ったがたき火もでき、魚も焼けてなかなか楽しい夜を過ごせました。下りの箱洞の下りもなかなか懸垂したり、飛び込んだりと楽しかった。とにかくよく歩いてちょっと疲れたが楽しい沢でした。みなさんありがとうございました。
私が高校一年生の、昭和34年夏に川浦谷本谷を遡行したとき、深くて、川底の見えない淵を渡って出合まで見に行ったのが、今回の西ケ洞であった。薄暗く幅の狭い廊下になっていた入り口を見て、よしこの谷に必ず来るぞと思い立って46年が経ってしまった。オヨヨ、と言う感じである。何度か計画したことがあったのだが、何らかの理由でみな流れてしまって今に至ったという、えにしのある谷であった。そしていつも下降は今回と同じく箱洞を考えていた。永い念願叶って今夏、はからずも4人で行く事になった。当時は、林道もなく杉原から歩いて入ったのを覚えている。銚子の滝の上流に村人が岩魚などを放流して、それが増えているという話をきいた。ところで西ケ洞は、とてもきれいな谷であった。滝が連続しているわけではないが、距離が長いだけに総数としてはかなりの滝があった。エメラルドグリーンの水をたたえたきれいな淵がいくつもあった。一箇所、かなりの高巻きをしたが、装備をそろえれば中央突破できないものだろうか。そのときは、海、川、プールは別として、沢では徹底して泳がない私も、覚悟して泳ぐか。Uさんが山女を2匹も手づかみしたのは、さすが田舎育ちの強さを見せつけたと言えよう。自分の本谷遡行の時は、川浦谷の詰めで40から60センチメートルの大きな岩魚を何匹も手づかみして興奮したものだった。そのときは行動を停止してバター(当時は銀リス印のマーガリン)焼きをして食べたものだった。今回、若いNさんとKさんは浅いところでも喜々として飛び込んでいた。そして、時々甲羅干しだ。 そのうち、巨大なアーチ式ダムに突き当たった。その手前、右岸よりプラスチック製の階段を使ってダムの上面に出た。立派?なアスファルト管理道を通って谷の詰めに向かう。砂防ダムも出来ており、詰めは何だか残念な気がする。展望台や遊歩道やおまけにパーキングまでつくってあるが、一般車は入れないという、この摩訶不思議さ。焚き火であぶった山女をみんなで食べると、これがまた旨い。下りの箱洞でザイルを出すこと数回。ザイルは必需品だ。川浦谷本谷との合流点では景色は全く覚えていなかったが、さすがに懐かしい思いで少し感慨深く辺りを見る。その時、銚子の滝まで遊歩道をつける工事をしている。駐車場で、川魚の密猟取り締まりの地元人と、その昔、泊めてもらった横関 T さんのことで話が出来たことは、思いもよらなかったのでとても嬉しかった。40数年間温存してきたプランに、今回、付き合ってくれた皆さん、ありがとう!! 持ってかえった湧き水で入れたコーヒーは、旨かった。次は石徹白の初河谷に行こうかなぁ。