北アルプス 環黒部縦走

山行名 北アルプス 環黒部縦走
メンバー L:ヒロサワ ツクイ
期日 2007/8/11〜8/16
山域・ルート 北アルプス 環黒部縦走
山行形態 無雪期縦走

コースタイム

8月11日

C0=立山_0640=室堂_0830−1020_富山大学立山研究室−1250_ザラ峠_1310−1345_五色ヶ原:C1

8月12日

C1_0445−0540_鳶山−0735_越中沢岳−1050_スゴ乗越:C2

8月13日

C2_0435−0535_間山−0712_北薬師岳−0815_薬師岳_0850−0940_薬師岳山荘−1030_薬師峠:C3

8月14日

C3_0410−0430_太郎平小屋−0555_co.2576−0610_北ノ俣岳−0645_赤木岳−0725_中俣乗越−0900_肩−0925_黒部五郎岳−1000_カール底部−1125_黒部五郎小屋_1150−1225_co.2540−1310_分岐−1400_三俣山荘:C4

8月15日

C4_0350−0510_鷲羽岳−0600_割物岳北分岐−0645_水晶小屋−0745_水晶岳−0855_温泉沢ノ頭−1055_赤牛岳_1115−1235_4/8@読売新道−1500_東沢谷出合:C5

8月16日

C5_0410−0555_平ノ渡場_0620=0630_平ノ小屋_0710−0945_御山谷−1030_タンボ沢−1045_ロッジくろよん−1100_黒部湖=1330_室堂=1440_立山_1630=2130_京都

計画:ヒロサワ

この夏は例年以上にまとまった時間が手に入りそうだ。貴重なチャンスをスミからすみまでたのしもうと、ディープな縦走を目論む。
 第一候補は大雪・十勝縦走。しかし、フェリーは発売早々に満席。やはり夏場は競争率が高い。キャンセル待ちのチェックが日課となる。 次に去年、台風到来でオアズケになった奥黒部縦走。コチラは日程メいっぱいの行程。
 大まかな計画ができたころ、みずえちゃん参入の手が挙がる。
 7月の終わりにプラン会を開いた。懸念された舟も見事に往復とれて、さらに東北案も加わり、三者改めてルートを検討してみる。
 ポイントはこの日程を満喫すること、ひとつのモノを完成したかった。その意味では黒部が適ってくる。大雪は時間と行程の兼合いがイマイチすっきりしないのと、クマが気になる点。東北は、水が枯れている可能性がある点。
 …ということで、猛暑の今夏は奥黒部を周遊することに決まった。

報告:ツクイ

8月10日(移動日)

 これから始まる長くて楽しい夏休みに気もそぞろになりながら(!?)、仕事を早々に切り上げ、21時30分にマユタ家に車で迎えに行くことになっていた。しかし、仕事から帰ってきてからのパッキングには思いのほか時間がかかり、22時前になってしまう。しかも、勢いよくマユタの家の前を通り過ぎてしまい、さらに時間をとってしまった。ごめん、マユタ! なんだか前途多難である。
 順調に交代で運転し、2時に富山ICに到着した。同日京都発で剣登攀に向かっていたオカムラさんのお話では、高速の途中で、豪快に飛ばす(?)マユタに、オカムラ号は抜かされたらしい。
 お盆休みが始まったところだというのに、立山の駐車場はいっぱいだった。なんとか空いているところを見つけ、さっそく車のなかで仮眠する。
   

8月11日

 5時半起床。わたしたちの車のまわりではすでに登山者たちが準備をしていた。若干、出遅れ感を感じながら、わたしたちも準備をする。立山駅は朝6時とは思えないほどの人だかり。切符を買うために長蛇の列に並んでいると、オカムラさんとフチガミくんに出会う。知らない人だらけの中で、知っている人に会うとなんだか嬉しい!室堂まで一緒に行き、無事登攀されることを祈って、室堂でお見送りをした。
 わたしたちも室堂で美味しい水を飲んで、出発前の写真をとっていざ出発。室堂からの登りは、2回目だが、ケーブルと高原バスで一気に高度があがるせいか、いつもしんどくなる。久しぶりの重たい荷物(美女平で計ったら18kg)もあってか、この日もとてもしんどかった。先頭を歩かせてもらったけれど、かなりゆっくりになってしまったと思う。龍王岳、獅子岳、ザラ峠…、去年通った道を反対側から歩く。龍王から獅子の間は雪渓がほんの少し残っているが、去年よりかは少なかったように思う。歩くにつれ、日射しもきつくなってきた。ザラ峠に向かって下っている時、マユタの温度計は30℃を越していた。山のなかに来て、気温が30℃を越すなんて信じられなかった。帰ってから聞いた話では、京都でもこの日はかなり暑かったようだ。
 五色ケ原は相変わらず、花に囲まれたさわやかな空気が流れる涼しげなところだ。テン場の手続きをするためにわたしは山荘を経由して、マユタは直接テン場に向かう。ビールを片手にテン場に行くと、マユタがすでにテントを張ってくれていた。五色ケ原のテン場はちんぐるまがあちこちに咲いており、広々としていてとても開放感があるテン場だ。かわいらしいお花にこの日の疲れも癒される。今日の晩ごはんは私の番。出発前日、夜中の12時に作った豚キムチと卵スープ、そしてビール。少しキムチが辛かったけれど、我ながら美味しくできたと思う。豚キムチにはビールがよく合う。
 

8月12日

 今後の行動について、昨日の暑さを考えるとできるだけ早く起きて行動し、暑い時間帯はテン場でゆっくりできるようにしようとの意見で一致する。なので、この日は、2時半起床。登攀でもないのに、この時間に起きるのは初めてだったけれど、お昼からの暑さを考えると正解だった。
 空を見上げると、一面に満天の星!天の川まではっきり見える!!ここ数年ずっと山で満天の星空を見れていなかったので、すごく嬉しかった。下山するまでずっとこんな星空が続いた。まだ薄暗い5時前にテン場を後にする。五色から鳶山に向かって登っているところでお日様が昇ってきた。やわからな朝の日差しが山々を包んで本当に美しい。
 穏やかな北側とゴツゴツしている南側、南北で山相が全く異なる越中沢岳を登って降りる。去年歩いた道、懐かしい。ここまで来ると、進む方向に薬師岳が見えてくる。今日(2日目)と明日(3日目)の行程はコースタイムが6時間と少し短めなので、明日の目的地である太郎兵衛平まで行ってしまうかどうかマユタと相談したけれど、4日目と5日目の行程が長くてきついので、疲れを残さないためにも、予定通り、前半はゆっくり行こうということになる。
 スゴノ頭あたりから昨日同様に日差しがじりじりときつくなってきた。スゴ乗越で大休憩を取ったが、暑い日差しを受けながらのスゴ乗越からテン場までの登りはきつかった。スゴ乗越小屋には10時50分ごろ着く。あまりに暑くて喉が渇いていたので、小屋でりんごシューズを買って一気に飲んだ。とりあえずテントだけ張って、小屋の中でうだうだ過ごさせてもらう。ひとしきりくつろいでから、15時半ごろからようやくご飯の支度に取りかかる。今日はマユタの当番で、大きな鶏肉入りのベトナム・フォーに、小芋とシーチキンサラダ。この日、わたしはお腹の調子が悪かったけれど、とっても美味しくて、ペロッと食べてしまった。
 この日は、マユタが天気図を取ってくれた。南の方で台風が出ているみたいだけれど、特に問題はなさそう。今日は風が強い日だなと思っていたけれど、日本列島全体に少し風がきつかったようだ。天気図を取ってみると、全体の天気がよく分かる。また、マユタが小屋の前で仕入れてきた情報によると、今日は流星群が見れるらしいとのこと!流星群を見るために起きておくのもしんどいので、明日の朝、起きた時に見られるといいねと話し、明日に備え、この日も、どのテントよりも早く、早々に眠りにつく。
 スゴのテン場は大きくないけれど、この日は、通路も含め、これでもかというくらいテントが張られた。はやくテン場に着いたおかげで、とても良い場所に張ることができたけれど、ガタガタの段差のある所に張っているテントを見ると、なんだか申し訳なくなった。
 

8月13日

 今日ものんびり行程だが、例のごとく2時半起床。テントから顔を出すと、やっぱり空一面の星。前日の情報通り、この時間でも流星をたくさん見ることができた。思わず願い事をする。
 初日と2日目はわたしが先頭で歩かせてもらったけれど、今日はマユタが先頭で歩く。この日で3日目だが、お腹の調子が悪かったせいか、3日目にも関わらず自分の歩くペースがまだ安定しない。スゴから北薬師岳までは、息が上がって今回の山行の中で一番しんどかったように思う。薬師岳を過ぎてから徐々に回復し、縦走後半の4日目、5日目、6日目はようやく歩きやすくなった。縦走前半は、高度が急にあがり、お腹の調子もいまいちで、行動食をあんまり取らなかったのが、しんどかった原因かもしれない。縦走の後半は、はやめはやめに、歩きながらでも行動食を取るようにした。そうすると、快適に歩くことができた。それにしても、今回は、行動食を持ってきすぎた。3日目なのにまだ1日目の行動食を食べていたし、最終日には、丸2日分の行動食が余ってしまっていた。マユタもかなり行動食が余っていたようだ。軽量化を目指しているはずなのに、心配のあまり持ってきすぎた。反省…。
 北薬師から薬師岳までの歩きは、ようやくアルプスに来た感いっぱいの稜線歩きで、気持ちいい。8時15分ごろ薬師岳に到着。頂上は太郎平小屋からのピストンの登山者もいるようで賑わっていた。薬師岳まで来たら今日の行程はほぼ終わったも同然。薬師岳頂上から、水晶・赤牛の稜線をのんびり眺める。ずっと眺めていても飽きることはない。薬師岳直下にある遭難碑のところでもまたゆっくり時間をつぶし、黒部の山並みを満喫する。
 わたしは五色ケ原でタオルを忘れてきてしまったので、薬師岳山荘では手ぬぐいを買った。「おぜんざい」「おしるこ」というメニューに後ろ髪を引かれながら、今日のお宿、太郎平に向かう。昨年、太郎平から薬師を登った時は、すぐに薬師の頂上に着いた感じがした。そのつもりで下っていくと、テン場まですごく長く感じた。大休憩を取りながらでも、テン場には10時半ごろに到着。薬師岳山荘のご主人のお話では、昨日は太郎平のテン場もすごい数のテントだったらしい。さすがに10時半だとテントもまばら。好きなところに張ることができた。あまりにいいお天気で時間もたっぷりあったので、この日は、マユタと二人、洗濯(もちろん水洗い)に励んだ。今まで一番長い縦走は5日間だった。その5日間の縦走でもずっとシャツを替えることはなく、ましてや洗濯はしたこともなかった。けれでも、マユタのススメで行動用のシャツを毎日干したり、水洗いなどをしてみると、やっぱり気持ちがよかった! 時間のある時は、こんなふうに午後のテン場をゆっくり過ごすのもいいなと思った。
 このテン場では、折立から入ってきて明日双六まで行くという単独の女性に出会った。兵庫の方で世代も同じ。今日の晩ご飯はわたしの番。昨日の豪華ベトナム・フォーと比べるとかなり見劣りする乾燥親子丼だったけれど、夕食時、一緒におしゃべりをしながら、楽しい時間を過ごせた。
 この日もわたしたちは一番に就寝。でも、遅くにテン場に到着した隣のテントからの美味しそうな焼き肉の匂いや話し声、そして次の日からの長い行程を考えるとなかなか眠れなかった。
   

8月14日

 この日はコースタイム9時間半の長丁場。4時10分、今日もヘッドランプを付けての出発。太郎平小屋を過ぎた辺りから明るくなってくる。太郎山周辺は、五色ケ原にも負けないくらいキレイなところでお花の宝庫だと思う。朝焼けの薄紫、ピンク、オレンジと少しずつ変ってくる空の色に感動しながらの山歩き。北ノ俣、赤木の道すがらも朝のやわからかい日差しを浴びて光る緑の草木が美しかった。まるで絵本の中にいるような感じだった。3年前逆コースで歩いた時はすごく長く感じたけれど、黒部五郎の登り直下の池塘のあるところまでは今回は早く着いたように思った。コースが逆であることや、天候、時間帯によって、随分、印象が変ってくるなと実感した。
黒部五郎のコルまでの登りは、手前で少し休憩をしてから気合いを入れてゆっくり30分かけて登る。黒部五郎小屋から来た人たちとたくさんすれ違う。コルにもすでにたくさん人がいた。ここにザックを置いて、空身で黒部五郎の頂上に行く。3年前は雨と風で展望が全くなかったけれど、今回は、もちろん快晴。歩いてきた道、これから歩く道、全て見渡せた。どこに居てもすぐに分かる槍ヶ岳も、薬師岳から見た時よりかは、ほんの少し近づいた。
 黒部五郎からの下山は、稜線ではなく、美味しい水とかわいいお花がたくさんあると聞いたカールを選択。ここも前回は雨だったので、こんなにもキレイなところだったのかと納得。のんびりお昼寝をしている人もいる。黒部五郎小屋やテン場もすごく雰囲気のいいところなので、歳を取ったら、黒部五郎に登れなくてもいいから、のんびりゆっくりしに来たいねぇとマユタと話す。カールから黒部五郎小屋までは意外と距離があった。小屋の手前で、前日入山して、今朝、双六からやって来たという父と偶然出会う。あまりにいきなりすぎて、一瞬、誰だか分からなかった。これから黒部五郎に登って、わたしたちと同じ三俣のテン場に泊まるとのこと。すでに時間は11時半ごろだったので、これから登るのは少し心配になったが、わたしたちも先を急いでいたので、「気をつけてね」と言って別れる。
 ようやく赤い屋根の黒部五郎の小屋が見えてきて、大休憩。ジュースを飲んでいると、太郎平のテン場で出会った単独の女性がもう追いついてきた。山歩きの経験は豊富のようで、さすがにはやい!
 黒部五郎小屋から三俣に向かう急登は、小屋の主人の「下を向いて黙々と歩いていたらいつの間にか終わるよ」という言葉を信じ、ひたすら黙々と足をあげた。急登は、予想していたよりかはすぐに終わったけれど、やっぱりしんどかった。登りきったところあたりから、ガスが出てきて涼しい風が吹き、救われた。今回は、三俣頂上は踏まず、カールの道を行くことにしていたが、急登終了から、頂上とカールの分岐である黒部乗越までしばらく距離があり、途中左手にカールが見えたので、もしや見過ごしたかと勘違いしてしまった。
 乗越からのカールは、下方に黒部源流が流れ、地図にお花マークがついている通りキレイなところだった。しかし、太郎平からの長い行程でかなり疲れていたので、景観の堪能もそこそこに、ひたすら三俣に向かって歩いた。雪渓の向こうに三俣のテン場が見えた時はホッとした。
 三俣のテン場は「いいところだよ」と道中で聞いていたので、期待度が大きかったけれど、虫が多く、トイレも山荘にしかなく、少しがっかりした。テン場に着くとすぐにテントを張り、あまりに虫が多いので、三俣山荘の前でご飯を作らせてもらうことにした。今日はマユタの当番。マーボー丼に春雨スープ。山荘の前のベンチで作っていると、みなさん声をかけてきて下さる。明るくさばさばしていて、学生の頃、山小屋でバイトしていたというキレイな奥さんが印象的なとっても素敵なご夫婦や、なんと150kgの体重のある男性等々、とっても個性的な方々と楽しいおしゃべりをしながらの夕食となった。マユタお手製のマーボー丼は、高野豆腐が多すぎて、一瞬失敗かと思いきや、そこはマユタ、最後にはみごとなマーボー丼を披露してくれた。ベトナム・フォーに続きとても美味しかった。そうこうしているうちに父が黒部五郎から三俣に戻ってきてホッとした。この日はなんと小屋でもマーボー丼だったらしく、先ほどのご夫婦が小屋での食事を終えてまたお話しに来てくれた。美味しい紅茶とクッキーをいただいた。クッキーは明日の行動食に持って行くことにする。
 この日は、楽しいおしゃべりに花が咲き、いつもより寝るのが遅くなってしまった。けれど、たくさん笑い、楽しいおしゃべりで、足の疲れも吹っ飛んだような気がした。
 

8月15日

 今日はコースタイム12時間の行程。気合いを入れて朝3時50分には三俣を後にする。真っ暗のなか鷲羽岳をゆっくり登る。この時間ですでに、わたしたちの他に3名の登山者がいた。頂上にもすでにカメラと三脚をセッティングしている人が1名いた。5時すぎ、ちょうど鷲羽の頂上でご来光となった。槍ケ岳の向こうにはっきりと富士山を見ることができた。久しぶりに見るご来光。朝陽を浴びて雄々しい山容が際立ち、とってもキレイ…。立ち去るのが名残惜しいが、今日は長い行程、早々に引き上げ、気持ちのいい朝陽を浴びながら、水晶岳に向かう。
ワリモ岳を過ぎた分岐からは、いよいよ今回の山行でわたしも足を踏み入れたことのないルートに突入。自然と嬉しくなってくる。水晶小屋までは、濃い紫や赤紫など色とりどりのお花がたくさん咲いていて、ゴツゴツした水晶岳の印象とは真逆のイメージだった。水晶小屋から降りてきた人から、今日、読売新道を下る予定の登山者が数パーティいるという話を聞いた。読売新道を下るのが、わたしたちだけではないことが分かりホッとする。今回、山行前に熊よけ鈴をわざわざ購入し、初めて付けてみたがお役御免かな。今まで鈴の音を鳴らしながら歩くのは、いかにも「登山者」といった感じであんまり好きではなかったけれど、一度付けてみるとはまってしまいそうになる。しんどい時も鈴の音がしんどさを和らげてくれているような気がした。
 あまりに狭くて三角座りをして寝たという噂を聞くくらい小さな水晶小屋。山小屋スタッフは若い女性が多く、小屋は小さいけれど、とても清潔感のあるキレイな小屋だった。トイレもかなりキレイだった。
 水晶小屋の上で、ちょうど荷物を運んできたヘリとも遭遇した。黙って仕事をして黙って帰って行く男前なヘリに、マユタと二人、妙に感動する。ヘリを間近で見ることができ、気分を良くして、水晶、赤牛目指して歩く。道中、薬師から黒部五郎までの歩いてきた稜線がキレイに見えた。3年前行った高天原山荘の赤い屋根もはるか下にポツンと見えた。雷鳥にも遭遇。天然記念物だと分かっているのか、人間を見ても全く動じなかった。
 水晶岳の頂上へは、思っていたよりも人が多かったせいか、歩いていたら着いたといった感じだった。温泉沢ノ頭からは、赤牛岳をピストンしてきた単独行の3名の登山者に会ったのと、二人組の先行パーティに追いついただけで、ほとんど人気がなかった。左手に薬師岳の稜線、右手に裏銀座の稜線を見ながら、「一人だったら不安になるわ…」と話しながら、マユタと二人、暑いけれども静かな空気の中を歩く。全体的に岩と砂の乾燥した感じの稜線であったが、赤牛岳頂上に着いた時は、水晶岳に登った時にはない嬉しさがあった。3年前、雲ノ平から鷲羽に向かう途中に水晶・赤牛方面を見たけれど、その時、「たぶん行くことはないだろうなぁ」と思ったから、今回赤牛の上にいることが余計に嬉しかったのかもしれない。
 頂上で行動食を食べて腹ごしらえをし、少し休憩してから、12時半、いよいよ今回の山行のハイライト(?)読売新道に取りかかる。赤牛直下の登山道は、雨が降ったら歩きにくいだろうなと思われるガレガレした道が続く。当然であるが、下るにつれて、緑が増えていき、新緑がキレイな登山道となった。下るにつれ石道から土道に変わり、足にも優しい道となったのでよかったが、新緑の登山道となってからがまた長く感じた。いつまでたっても横に見える稜線は低くならないような気がした。途中で、水晶小屋からの先行パーティ3組に追いついた。
 今回、読売新道を下ってみて、登るのはかなり大変だろうなと思った。登りきっても赤牛岳から、水晶小屋もしくは高天原山荘まで行かなければならない。下りは、登りよりかはマシだけれど、それでも最後の方は、足がよれよれになってしまった。先を行くマユタは「テン場が見えたら小躍りしてあげるわ」と言ってくれる。本当にテン場が見えたら小躍りしたくなる気分だった。
 15時すぎ、奥黒部ヒュッテに到着。緑に囲まれたとても雰囲気のいい小屋だった。読売新道登り口にわき水があり、そこで顔と手を洗う。小屋ではジュースとビールを購入し、ザックを降ろして飲み干す。三俣で、小屋の前にあるテーブルとイスでの夕食作りに味を占め、今回も奥黒部ヒュッテ前のテーブルをお借りし、テントを張る前に夕食を作って食べてしまおうということになる。最後の食事はわたしの番。メニューは、キムチピラフにほうれん草のおひたし、スープ。キムチピラフは、今回初めて購入したフリーズドライだったが、なんと焦がしてしまった・・。食べてみるとなんとなく焦げた味がする。最後の最後に失敗して、ちょっと落ち込んでしまった。
 東沢谷出合のテン場は、広々としていた。テントは全部で10張りもなく、余計に広く感じた。最後の夜にして、初めて静かな夜を過ごせた。東沢谷で手足を洗ってから就寝。
 

8月16日

 標高が下がったせいか、今までよりも暑い朝だったように思う。最後の日も空一面に星が輝いている。平ノ渡場6時20分発の船に乗るため、この日も4時10分にテン場を出る。昨日、赤牛岳手前で会って、わたしたちと同じように東沢出合キャンプ場に泊まっていた二人パーティはもう出発したようだった。真っ暗のなか、ゴーッという水の流れる音を聞きながら東沢谷を渡る。今日はわたしが先頭で歩く。しばらくはヘッドランプだけが頼りの歩きとなった。一人だと怖くて足がすくむだろうなと思う。あまりの暗闇に、思わず、天蓋に閉まっていた熊よけの鈴をもう一度出し、ザックに付けた。
 少し出遅れたので、船に間に合うよう早めに歩く。聞いていた通りはしごの上り下りが多く、陽が昇る前だったが、汗だくになった。ずっと沢の音を聞きながらの歩きであったが、黒部湖に近づくにつれ、穏やかな音となり、次第に水流の音がしなくなった。途中で先行の二人組パーティに追いつく。平ノ渡場には二人組パーティの他に、3名、先客がいた。船が来るまで、黒部湖があまりにキレイなので写真をたくさん撮る。青空をバックに明るい緑の山並み、深い緑の湖、湖に写る雲と空。本当にキレイだった。こんなところをカヌーでのんびり漕いでみたい!と思った。
 船は15分もかからないで向こう岸の平ノ小屋に到着。小屋でジュースを飲んで、ゆっくりしてから7時10分出発する。この時点で、もう終わった気になっていたけれど、ここからロッジくろよんまでは、キレイな新緑と湖に癒されながらも、はしごがいくつもあり決して歩きやすい道ではなく、長い道のりだった。特に御山谷の湖の形状は入り組んだ形となっており、黒部ダムが見えているのに、ぐるっと形状に沿って迂回せねばならず、余計に長く感じた。
 ロッジくろよんには10時45分到着。観光客が数名いたが、意外と閑散としていて驚いた。ここでも、いまや恒例となってしまったジュースを飲んでから、もう一踏ん張りダムに向かって出発。ダムにはさすがに観光客がたくさんいた。わたしたちはアルペンルートで室堂・立山まで帰るのであるが、黒部ケーブルに乗る前にシャツを替え、そのついでにテントとフライを干した。ほんの少しだけキレイになって、観光客に混じって室堂に向かう。山の下を突っ切るなんて、山の下にトンネルを掘っているなんて、山の神様に怒られそうに感じた。
 

【所感】

 

[まゆた]

 山を始めて以来、これほど歩き不足なシーズンはない。どれほどの荷物を担ぎ、どれほどの距離を歩き続けられるのか…、その感覚すらアヤシくなっていた。いま一度、素に立ち返って自分を山の中に放り込み、生活一式始末することを確認したいキモチで計画を始めた。
 ところが、みずえちゃんが縦走にゆきたい、と云ってきた。このクソ暑い中、しかも長期でお日サマに近いところを歩くなんて、まさか興味を示すまい、とおもっていたところ、参加するというからタマゲタ。みずえちゃんとの縦走は4年ほど前に北アを歩いている。実にたのしく、見えてる小屋になかなか辿り着かないもがく思い出でいっぱいだ。そして今回も、小屋は見えていてもなかなか辿り着かず、見えてなくても延々下り続けるという、お約束の縦走になった。
 目指すピークを、歩いてきた稜線をずーっと眺めながらの真夏の縦走。思いがけずたくさんのお花に囲まれ、ゴキゲンに歩けた。どっしりとした薬師岳、素晴らしいカールを抱いた黒部五郎、奥の静かさに包まれた赤牛…、いずれも個性豊かなステキな山々だった。
 個人的な目的は天候にも助けられ、上々に達することができた。
 反省点は、行動時間を勘違いしていたこと。みずえちゃんがエアリアで計算したところ、わたしの記憶チガイでおもっていたよりも長くなってしまった。大失態である、申し訳ないッ。また、行動食が過剰であったこと。足りなければ小屋で調達…と思いながら詰めた量は、下山してもまだ2.5日は歩けるだけ残っていた。せっかく45+5Lザックにパッキングしても、コレでは意味ない。
 今回はたくさんの出会いがあった。立山駅で徘徊するオカムラパーティ、お見送りできて我々もキゲン好くスタートできた。
 夜空にはたくさんのながれ星を見ることができ、朝焼けには紅色に染まる空と雲海を眺めた。清々しいキモチで歩き始め、キブンはウキウキにシャッターを押し、ハナウタふむふむ♪親父キラーな我々は出会う単独行や二人三人組のおぃちゃん連中と次々に爆笑しながら進軍。ちわぁ〜といつもの調子であいさつすると、背後から『お父さんッ!』の声には仰天した。イヤぁー、劇的な遭遇だった!
 普段、フィールドを異にするみずえちゃんと歩けたこと、それだけでもうれしいのにどこがイチバンよかった?と問うと、恐らく最も彼女の興味が薄かったであろうはずの『アカウシ』と返ってきたのには、この縦走のツボを押さえることができたと、久々にココロが満腹になった。また、おいしい食事をつくってくれ、中でも豚キムチは絶品で次の日の活力になった。エスプレッソパスタなるモノもなかなかおいしかった。
 しかし、小屋でジュースを買い食いするなんて入れ知恵した悪いパートナーだった。
 

[みずえちゃん]

 わたしの今年の夏の計画は、毎度のことであるが全然決まっていなかった。ただ、長い期間、山に籠りたいなぁと漠然と考えていて、誰か長期で縦走に行かないかなと思っていた。マユタはどうするのかなぁと思って声をかけてみたところ、北海道の単独縦走を考えているとのこと。すぐに「一緒に行きたい!」と言ったところ、快諾してくれた。7月中頃を過ぎたところでようやく見通しが立ったわたしの夏休み。それから、マユタの提案で、北海道縦走と東北縦走、奥黒部環状縦走の3つのプランが出た。
北海道は熊の心配、東北は水の心配などがあり、二人でいろいろと相談した結果、奥黒部をぐるっと一周するプランに落ち着いた。このルートは、2006年の夏に折立から室堂のコースで、2004年の夏には折立から雲ノ平、高天原、三俣、黒部五郎、折立というコースで、わたしは縦走していたので、奥黒部環状縦走前半は一度行ったことのあるルートになるけれど、この辺りの山域が好きなのと、行ったコースの逆コースであること、また、こんな機会でもなければ水晶・赤牛・読売新道には絶対に一生行かないだろうと思ったこと、そして何よりも、自分の歩いた道、歩く道をすっと見ながら歩ける環状縦走であることから、このプランを選択した。
 今回、私自身、最長の6日間の縦走となった。長期間、山に籠りたいという思いは叶えられた。行く前は、長く感じて早く下山したいと思うかなと思っていたが、本当にあっと言う間で、毎日道中のおしゃべりも弾み、笑いの絶えない楽しい6日間であった。どこまで行ってもお天気で、存分に景色を堪能できたのもよかった。久しぶりの荷物を持っての縦走にも不安はあったけれど、後半になるほど長い行程ではあったにも関わらず、次第に体調が戻り、順調になったのでよかった。行動食を持って行きすぎたのは反省点。そして歩き始めはすぐに行動食を取るということがその日一日元気に行動できるわたしの秘訣のような気がした。また、今回初めてCW-Xを履いてみたけれど、効果抜群だったように思う。これから手放せなくなりそうでちょっとコワイ…。一緒に行ったマユタに心から感謝。

【総括:ヒロサワ】

 尻下がりにボリュームが出てくるこの計画にとって、できるだけ疲れをためないことにナニより気をつけた。早寝早出を鉄則とし、平均18:00前後に就寝、04:00−04:30前後発でテン場を発ち、星の数がだんだん減りゆく空の下をしばらく歩いて朝日を迎えた。行程の短い日は午前中早々で、長い日でも15:00には終了。中日には洗濯をした。乾かないのでは…、とシャツを振り回したらさすがは速乾性、そのうちに乾き始めた。
 が、C3の黄昏時はイケなかった。遅くに到着した隣人はフライパンをジュージューいわせて焼肉に舌鼓を打ち始めた。もちろん肉ばかりではない。たまねぎ、しし唐、ナスも焼かれていた。話し声も遅くまで続き、日が落ちても暑く寝苦しい夜だった。オカゲで翌日は二人とも気だるかった。
 全体的に稜線は風が強かった。特に薬師周辺は一日強かった。また、早朝の鷲羽周辺は黒部から吹き上げる風が冷たかった。
●テン場:五色ヶ原(C1)はお花畑で、後立の山並みを眺める広くてステキなテン場だった。薬師峠(C3)も太郎山から北ノ俣岳につながる広いゆったりとした稜線に、雲ノ平の緑豊かな眺めを満喫できる。共に、夕方になると小屋から幕営料の取立に来る。
 スゴ乗越(C2)は日程的な条件も重なったのか大渋滞だった。折立−立山間の縦走路中間地点で、ちょうど集中してしまうようだ。テン場内通路はすでに埋まり、小屋前テラスにもテントはあふれていた。トイレは内外いずれも使用可とのことだが、朝の出発前トイレ待ちで出遅れた。
 三俣山荘(C4)はなかなか広範囲にわたる大きなテン場で、小屋近くの水場となる沢沿いもあれば、ちょっと上って雪渓そばにも張れる。呑み助そうなおじさんはビールを冷やすためにわざわざ登って、寝床まで戻っていった。
 東沢谷出合(C5)は沢近くの平らなテン場。読売新道から見えたテントは、出合から黒部川に入った辺りか。
●水場:薬師峠の水場は水量豊富で冷たくおいしそうなものの、要・煮沸である。縦走路ですれ違った九州から訪れたパーティのメンバーでおなかを壊した、というヒトがあった。とは云え、わざわざ沸かして行動用とするわけにもいかず、そのままでガブガブ飲んだが我々は問題なかった。太郎小屋方面に向かうのであれば、小屋なら飲用可である。
 今回、イチバンおいしかったのはなんといっても五郎のカールである。冷たくて甘くてとってもおいしかった。
 水晶小屋は通過者にはペットボトルの水を販売している。
 黒部湖岸はところどころで調達可。何度か沢を渉るので、ひと休みするにはちょうどよい。
●天候:黒部五郎小屋のヒトも云っていたが、こんなにおてんき続きのお盆もめずらしい。夕立の一降りすらなかった。しかし、日出まもなくお日さまは照りつけ、08:00ごろにはみるみる気温は上昇し、10:00にもなると28℃を越える勢い。黒部湖では32℃だった。
 好天続きはありがたいには違いないが、体調管理には要注意。
 スゴの小屋で涼んでいる間に、ベンチに置き去りにしたカモノハシの水はすっかりいい湯加減になって、足を流したらキモチ好かった。
●おはな:今回は意外とたくさんのおはなをたのしめた。こんなにちんぐるまが花ざかりだったのは初めて。いつもすっかりおじいちゃんの風情だった。五色ヶ原のテン場に向かう途中、はくさんこざくらが群生していた。これも初めてだったのでとてもうれしかった。稜線にもカールにも白い花、黄色い花、青い花、たくさんの種類のおはながまだまだ咲いていた。中でも、水晶小屋周辺にあれほど花が咲いているとは思っていなかったので、うれしくなった。
 

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