京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動 −京都岳連加入−
山行名 | 早出川周遊記 |
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メンバー | L:T嶋、F沢、I野、N村 |
期日 | 2008/7/17夜〜7/21 |
山域・ルート | 早出川 |
山行形態 | 沢登り |
ながい深夜ドライブをおえ、目を覚ますと、眼前に長年おもいをめぐらせてきた早出川があった。早出に関心を持つようになったのは、かれこれ十年以上も前になるが、ベストシーズンである梅雨明けになかなか時間がとれず、計画が実現に至らなかったのである。
この日は午後から雨の予報ということで、雲の多い空模様である。まず、早出川ダム湖畔をたどる長いアプローチから山行がはじまる。ダムの水はかなり少ない。対岸の山々は雪で磨かれたスラブで覆われ、雪国独特の景観である。金ヶ沢で一息つく。F沢さんがさっそくヒルにやられていた。急斜面を登り、日本平山との分岐点に着く。ここからはヒルのパラダイスとでもいうべきところで、立ち止まってヒルをとっていると、別のヒルがくっついてくる。塩漬けにしたスパッツもあまり効果はないようだ。道がわかりにくくなったところで、もう川におりようということになった。一刻も早くヒル地獄から抜け出して、川につかりたい一心からでた判断であったが、これは今回の計画の成否を分けた判断の一つであった。ルンゼを下り、最後は懸垂で早出川に降り立った。11時半、もうとっくに入渓点に着いている時間である。はじめて触れる早出川に感慨もひとしおだったが、後悔もした。そこはゴルジュのまっただ中で、中杉川との合流点からもどうやらだいぶ離れた地点だったからである。憧れの早出はややくすんだ緑の濁った川で、お世辞にも清流とは呼べない。川には黒々とした巨大なニジマスが
悠々と泳ぎ、小さな魚が身を翻して銀色に光っていた。
ここは通常の入渓点より手前の溯行図にはない部分である。早速泳ぎを強いられ、すぐにロープを出さねばならなくなった。F沢さんが果敢に水勢に抗して突破し、後続はロープに引かれて最初の難関を突破した。そのあとも廊下が続き、12時半にようやく入渓点に着いた。予定より2時間遅れた。今日はどうがん沢出合まですすむ予定であったが、この時点でそれはあきらめざるをえなくなった。中杉川左岸の巨大なスラブが目をひく。川からみた限り、ぜんまい道は確認できなかった。
中杉川出合からも延々と泳ぎを繰り返す。右足がつり気味で強く蹴れず、なかなか進まない。寒さが身にしみてきて、もう泳ぎはうんざりしたころ、ボフ沢出合に着いた。この先いいテント場があるかわからず、また夜行明けということもあって、少し時間は早いがここで泊まることとする。薪は豊富にある。F沢さんはさっそく釣りにでかけた。5時前になって、それまでポツポツときていた雨が突然激しくなった。ちょうどご飯を食べようとしているところだった。どうせ夕立だろうと思って、ずぶ濡れになりながら食事をするが、一向に止まない。早くタープに潜り込めばよかったのだが、もうすっかり濡れてしまったので、雨に打たれながら食べ続ける。なにか苦行のようだ。さいわい、しばらくして雨は止んだ。
この日は昨日の遅れを取り戻すため、早くに出発する予定だった。しかし、疲れのせいもあって、5時半起床が一時間遅れ、さらにたき火をしてご飯をつくったものだから、出発が8時半になってしまった。昨日とはうってかわって、いい天気になる。やはり沢にはまぶしい太陽がよく似合う。出発して10分もたたずして、最初の泳ぎとなるが、さほど苦にはならない。深い碧色をした淵を次々と泳いで突破していく。実に爽快。
11時すぎ、行く手に関門が立ちはだかった。このときは確信がもてなかったが、あとでこれがシゴヤだとわかった。狭い廊下が延々と続く。幸いなことに流れはきつくないので、岩をつかみながら悠々と泳いで進む。上を見れば、空が青い帯となって輝いている。シゴヤの出口にある最狭部は、さすがに荷物をもったまま通過することができず、N村くんが空身で突破し、後続はロープに引かれて楽々と通過する。入口からみたシゴヤは暗く凄惨だが、出口から振り返ってみれば、うってかわって明るい雰囲気だ。そこからは右に左にと、雪に磨かれたスラブの造形美を堪能しつつ川を進む。滝などはまったくなく、とにかく歩いて泳いでの繰り返しだ。
2時半、ふたたび狭い廊下が出てきた。コモリ淵だ。ここも泳いで難なく通過できた。3時半すぎ、今度は大釜淵だ。途中まで泳いでいくが、水勢がきつく、入り口まで戻る。左岸の台地にはい上がり、広倉沢出合まで巻いた。情報によれば、台地にいいテント場があるということだが、みつからず、広倉沢や本流にもなかった。今日は雨が降らないという前提で、本流の小さな川原を今宵の宿とした。この日は天気がよかったせいか、すこし冷え込み、シュラフカバーだけでは寒かった。
この日はさすがに早起きして、7時すぎに出発する。7時半、おひろ淵に到着。ここでF沢さんが釣りを始める。すぐに大きいのをつり上げるが、N村くんが引き上げようとして失敗し、逃げられてしまう。しかしまたすぐにイワナがかかった。おひろ淵は水線を通過できないので右岸をまく。ルンゼ状からも巻けそうだったが、そのあとの草つきのトラバースがどうなるかわからないので、もう少し下手の灌木帯から巻いた。すぐにトラバースできるかとも思ったが、結局上へ上へと追いやられてしまう。懸垂一回でルンゼから本流に戻る。1時間ほどの巻きだった。雪渓の残骸が残っていた。こんな低い標高の沢にまだ雪が残っていることに驚く。そこから先はまさに広倉沢の真骨頂ともいうべきところで、延々とゴルジュが続く。大部分は腰までつかって歩いていけるので、ゴルジュ見学といった趣だ。やがて目の前に大きな雪渓が立ちはだかった。どうやら下をくぐって通過できそうだ。1人ずつ、慎重に通過する。続いてカサネ淵。I野さんが、スカイフックを持ってトライ。2度目のトライで見事に突破。F沢さんは右岸のカンテからフリーで越え、N村くんと僕はロープのお世話になる。そこを越えると二
俣だ。
右俣にはいると、すぐに魚止めの滝があらわれる。右岸をまく。どんどん上へ追いやられ、大高巻きになってしまう。対岸の岩肌がすさまじい。灌木帯とルンゼからすんなり降りたものの、この巻きに1時間を要した。前方に鋭い三角形の岩峰がみえてきた。二又だ。左は狭いゴルジュのなかの連瀑で、魅力的だ。一方、我々がこれから進む右又は右岸のスラブが目を引くものの、沢自体は平凡な雰囲気である。ここからは地形図以外にまったく情報がない。次々とあらわれる滝を快適にこなしていく。この分だと、これまでの遅れを取り戻せるかもしれないと思っていた矢先に、登攀不可能な滝に出くわす。右岸から簡単に巻けそうだった。ところがいざ右岸から巻いてみると、その上にさらに滝があって、あわせて巻かねばならないことがわかった。その上は完全な岩登りの領域である。アンザイレンして、F沢さんがリードする。50mめいっぱいでともかく稜線の直下にでる。4人が通過するのに1時間かかった。
あとは楽に下りられるかと楽観していたが、なかなか沢に戻れそうになく、ぐんぐんと稜線を登っていく。結局ピークを2つこえ、730mのピークまで追いやられた。水不足で体がきつい。銀太郎山にはまだ多くの雪渓が残っている。右俣の左もなかなか大変そうだ。730mピークから北東へのびる尾根を下降する。右俣右又の上流にはさらに登れない滝が連続し、いずれにせよまた大高巻きを強いられそうである。水さえもっていれば、このままもうすこし巻くのだが・・・。すでに時間は4時をすぎていた。巻き始めてから3時間。明日中には絶対に京都に帰らねばならず、時間的にも食料的にも余裕がない状況で未知の沢につっこむのは無謀かとおもわれた。残念ではあるが、今回はここまでとし、今出経由でなんとか脱出することに決め、メンバーの了解を得た。
4時半、雪渓ののこる沢に懸垂で下り立つ。十分に水をとってから下降を開始する。暗くなるまでになんとか二俣まで下りたい。すぐに滝だ。懸垂できるかと思っていたのだが、2段になっており、ボルトが無ければ無理だった。左岸に希望を求めた。一回軌道修正したが、比較的簡単に滝の下まで下りられた。こっちから巻けばよかった。あとはもう闇雲にくだる。問題の魚止めの滝は右岸から急斜面を登り、若干トラバースして、懸垂一回で下りた。このルートは登りにも使えそうで、おそらく30分くらいで巻けるのではないだろうか。次回はそうしよう。二俣はもうすぐそこだ。暗くなるまでに、タープを張ることができた。たき火をして、さあ食事だという頃になって雨が降ってきた。タープの下で惨めに食べる。今回はトランシーバー附属のラジオがまったく入らず、天気予報が聞けなかった。台風の進路が気になる。明日は晴れるだろうか・・・。
さいわい、この日はいい天気だった。7時半に出発。1分もたたないうちに、最初の飛び込みだ。祈るような気持ちで雪渓を駆け抜け、あとはゴルジュのなかを泳いだり歩いたりして下っていく。最後の難所となるおひろ淵は、飛び込みであっという間にクリアした。二俣からちょうど2時間で早出川本流についた。この分だと、昼過ぎには温泉かなとぼんやり考えていたが、現実はそうあまくなかった。そこから約1時間弱で今出につき、アカッパ沢と二重滝沢の間にあるという室谷越の道の入り口を探しながら歩く。アカッパ沢をすぎ、二重滝沢まで半分くらいいったところで一休みする。このあたりに道があるはずなのだが、それらしいものは見あたらない。
もう一度、アカッパ沢まで戻って道を探すか、それともアカッパ沢を溯行するか。地図をみていると、この先に標高700mで室谷側へ抜けられるコルを発見した。これなら道がなくても行けるかもしれない・・・。F沢さんが持っていた『日本の渓谷』の記録には一の又沢を下りたことが書かれている。あまりちゃんと調べていなかったので、室谷越と一の俣沢越を区別していなかったが、どうやら別のものであることがこのとき判明した。なぜ室谷越の道がみつからないのか、なにか狐につままれた感じだったが、ともかく一の又沢へ抜ける沢まで進むことにした。そろそろ目的の沢の出合というところで、右岸に人の声らしきものが聞こえた。言ってみると、大勢の人がタープをはって休んでいた。久しぶりに見る人だ。古くから早出に入っているというおじいさんがいて、山越えの道を教えてくれた。室谷越の道はもうほとんど使われていないらしい。合点。あ〜、これでやっと安全地帯に入ったぞ。
油断したのが行けなかった。そこからすぐ上流に流れ込む小さな沢から登るのだが、実はそこには小さな沢が2つ流れ込んでいた。すっかり安心して地図を見ることもなく、30〜40分で上までいくよという言葉を信じて、最後の力をふりしぼって沢を登っていった。しかし、登っても登っても、着かない。傾斜は急になり、息が切れる。こんなところ、本当に15分やそこらで下りられるのか?休憩して地図をみてみると、何かおかしい。一本上流の沢に入ってしまったようである。このため高度にして50mほど余計に登らなくてはならない。すでに4日目、体はがたがたで、足が上がらない。おまけに強い日差し。
稜線には出たものの、コルは遙かかなたである。基本的には下りの藪こぎであるが、きつい。時折ルートを修正しつつ、コルまではいおりる。コルには木に名前が刻みつけてあり、道らしきものもあった。ふ〜、これで本当に安全地帯だ。そこからは沢沿いに道がついている。滑りやすく、かつ長い。N村くんが先行してタクシーを呼びに言ってくれる。3時半すぎ、やっと一の又橋に着いた。車がたくさん止まっており、うち3台はこれから帰るところだった。N村くんが交渉して車に乗せてくれるとのことで、I野さんがあわただしく乗り込んだ。車のところまで行ってくれると思っていたのだが、携帯が通じるところまでという約束だったらしく、I野さんは自販機もない集落で下ろされて我慢して待っていたという。残りの3人はそうともしらず、残りの行動食をたべ、昼寝をして待った。思いもよらないことではあったが、ここから早出川ダムまでは相当の距離があり、時間にして1時間半、値段にして16000円もかかった。
今回ははじめて早出川に触れることができ、非常に感激したと同時に、またその厳しさを味わった。少なくともこの山域に入るには、ジャンピング、そしてできれば50mロープに50mロープをもう一本欲しかった。最低1日分の予備食料も必要である。簡単にエスケープできないうえに、増水が早く、閉じこめられるおそれがあるからである。また個人的なことであるが、今回は眼鏡の度が弱くてあまり役に立たなかったので裸眼でとおしたが、巻きの判断をするときにはやはり眼鏡をかけるべきだった。あるいは双眼鏡でも持っていったらよかったか。
私が今回この山行にエントリーしようと思ったのは、素晴らしい山深さを味わうことができると思ったからだ。私が沢に求めるものは、人気が少ない、山深さ、素晴らしい自然だ。
初めての山域、早出川はどこに?川内山塊ってどこ?状態だった。調べると新潟県、北陸道安田ICから下りて30分〜40分ほど山奥へ進み、早出ダムへ流れ込む川とういことがわかった。事前にリーダーT嶋さんから早出川の資料をいただいた。長年(10年間)T嶋さんが想いを寄せて、岳人等に連載された早出川の資料をコピーされていて、それをいただいた。今回一度では周りきれない、どこを攻めるかと検討すべくその資料を全て読んだ。その資料から熱い男達、沢屋の想いを感じた。厳しい自然の中へ入り、自分達が計画した山行を成功させるために奮闘する。一度ではなく何度も。その資料を読めば読むほど、素晴らしい自然を自分の身体で感じたい、自分の目で見たいと思った。上部のガンガラシバナか広倉沢へまずいってみたいと思った。リーダーへ提案し、メンバーの意見をまとめると、今回は広倉沢右俣の右又を進み中杉川を下降することになった。中杉川下降なんて思ってもいなかった。記録を読むと綺麗なゴルジュが続き楽しそうだ。
地形図を見てまず目にとまったのは、標高の低さだった。こんなに標高が低いのに山深くて厳しいのか。どんな地形となってるんだろう。また、ゴルジュが延々と続く。釣り屋にいってライジャケを購入、岩魚がたくさん釣れるらしいので、あわよくばと思い釣竿も購入した。しかし、そんなことをやる余裕は私にはきっとないので購入はしたものの持ってはいかなかった。あとは、ヒル対策だった。スパッツと靴下を塩漬けにした。これがけっこうききめがあったのか、私は一度もヒルに血をすわれなかった。もちろん靴には何匹かついて大騒ぎはしたが。ロッジで購入した虫除けスプレー(サロンパスみたいな臭いがした)をもっていって足にかけたのもよかったのかもしれない。そして出発当日がやってきた。7月海の日の連休、毎年梅雨が明けるか明けないかきわどい時期で雨が心配だった。ちょうど沖縄付近には台風がきていた。
遡行記録については、T嶋さんの参照。
遡行を終えて一番に思ったことは、自然の厳しさだった。そして素晴らしい山深さだった。
泳ぐことが多く、高巻きに苦労させられ、体力の消耗は激しかった。高巻きをする際に水をきっちりくんで上がらなければいけなかった。失敗だった。
広倉沢上部で敗退し計画通り進むことは出来なかったが、たくさんの情報を得ることができた。早出の概要を掴むことが出来たのでよかった。また、沢世界で有名なS畑さんにもお会いでき、(京都に戻ってからわかったんだが)早出の情報を頂いた。次回は(近々行きたい)今回の反省を活かして、軽量化・装備等、再度練り直して挑みたい。割岩沢かガンガラシバナへ。こんな素晴らしい谷の中で4日間過ごせたこと、企画をしてくださったリーダーT嶋さんをはじめメンバーに感謝したい。