青春の詩 2 (中川 ピン)

序章

今年の長かった夏も終わった。秋風が吹き、月と星が恋する秋の夜空の始まりであ。る今年の夏は、満足のいく登攀ができなかった。夜の風にあたりながら、色々と考えて見るが原因は解らない。トレーニング不足、色香に負けた、勤務が忙しかった、、。どれも否定できる。しかし、気合いが少し足りなかったのは事実である。三十路グループで青春とは言い難いが、悩むことが青春なのだ。

第一章 遭難者捜索

五月の連休が明けた日曜日、高嶋さんの岳友が所属する奈良山岳会の遭難者捜索を手伝いに行った。
「急がなくてもいい捜索」、すなわち事故者は死亡している確率が大きいと言うことだった。弥山小屋前には、大勢の人が集まっていた。ここで、事故の概要・今までの捜索の結果を聞いた。今日の捜索の方法は、6〜8人が一組になり尾根を全員が横一列になり、尾根をくまなく探すのである。小屋から少し行くと、風倒木地帯で道などあったものではない。ついつい、薮の薄い方向に進んでしまう。時々指揮官より進行方向の修正を受ける。開始してから30分くらいで、私は彼を発見した。薮の薄い所で眠っていた。私たちが来た方向に足を向けていたが、シャツ一枚でカッパも身に付けていなかった。連休前に、このあたりは雪が降ったそうである。私は「発見〜」と大きな声で報せた。前日にも、近くを捜索したが発見出来なかったそうだ。彼は、鳥に啄ばまれることもなく、野獣に汚されることもなく、静かに眠っている。私は仕事の関係で、亡くなった人を見るのは慣れているが、「山で死んだらこうなんのか」と悪寒が走った。決して、家族や愛する者には見せたくない姿である。

彼を見つけたことにより、ご家族の方も一区切りがついたことであろう。しかし、「死んだ」という事実をどう受けとめるのであろうか。彼は、この山域に精通していたらしい。ご家族は、「怪我をしていても生きて帰ってくる」という望みを捨てていなかったことだろう。父親である彼の「死」を、幼い子供にどのように伝えるのだろうか。

家に帰ってから、私は以前に読んだ遭難関係の本を読み返した。日頃より、松田さんから指導をうけている、どんなに簡単な山行でも、ガスヘッド・ガス缶・ツェルト等、ビバークに最低必要な装備を携行するということの重要性を改めて認識した。なぜなら、彼はツェルト・コンロ・カッパ等を持っていなかったのである。

第二章 人工登攀

私の得意とする登攀の種類である。少しクライミングをしている人から見ると、「アブミの掛け替え」、「ボルトラダー」等、簡単なイメージを思い浮かべることであろう。しかし、屏風など大きな壁に取付いてみると、それが大きな間違いであると気付くであろう。日本のクラッシックルートには、まだまだ人工登攀が必要なピッチがあるのである。いくらフリー化されても、そのルートを開拓した先人の思い入れを無視することはできない。どのような思いでボルトを打ち、ザイルをのばしていったのかを考えて見ると。

第三章 敗退

今年も、屏風継続登攀は敗退に終わった。屏風岩は、いっもと変わらない姿をしている。横尾から何度も見ても変わらない。屏風には、私の思い入れがある。私は、何度も何度も未練たらしく足を止めて、振り返りながら、上高地へ足を運んだ。

第四章 月と星

ビバークの夜は、月と星で決まる。何が決まるかというと、夜の楽しさである。街の灯りのない山で見る夜空は魅力的である。月は限りなく蒼く、優しく星は輝く。私は憧れの女性に見つめられるような気分になり、夜空を見るのである。ビバークにて夜空を見上げている男が何人いるであろうか。多くはいるまい。二人だけの秘密を持ったような気分になり幸せになるのである。だから、寒い夜、苦しい体勢でも空を見上げると苦痛は解消されるのである。

第五章 唐沢岳幕岩の怪

岡村さんと終了点に着いたのは、午後八時前だったと記憶している。立ち木から各自セルフを取り、行動食とコーヒを摂った。今日の登攀の反省や雑談を交わしていると、少し雨があたってきたのでツェルトを被って仮眠することにした。2時間くらい眠っただろうか。雨も止んでいるのでツェルトを剥いだ。二人してなにげなしに下を見ると、ヘッドランプがふたつ光っている。ユラユラと揺れている。こんな時間に登攀しているのだろうか。こんな時間に行動するのは、よほどの卓越したクライマーなのか。私は自分のヘッドランプを大きく回して見たが下からの反応はない。下部のどのあたりを行動していだろうか。二人で「あれ、ホンマにオバケやろか」等と言っていると、ヘッドランプは見えなくなった。翌日の朝、昨夜にヘッドランプの光を発見したところは、岩壁の途中であった。夜間登攀をしていたにしても、二人同時に行動できるような場所ではない。そして、下から登攀してくる人もいない。昨夜のふたつのヘッドランプは、なんただったのだろうか。今でも不思議である。

1999年 暑秋

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