青春の詩 4(中川 ピン)

序説

 穂高の屏風に通いつめて5年、やっとのことで目標の継続登攀を成功させることが出来きた。でも、夏である。本当は、厳冬に挑戦してこそ本来の「パチンコ」なのであ る。しかし、私にとっては大きな収穫であった。なぜ、屏風にこだわるのかと問われ ると困るが、 答えのひとつは、「屏風が好きだから」である。

 最終目標は、40歳までに厳冬季に「パチンコ」に挑戦することである。私の青春 は、まだまだこれからなのだ。

第一章 手紙文例・遠い友へ

 前文御許し下さい。

 職場、転勤したと聞きました。如何御過ごしですか。

 新しい着任地での生活は、落着きましたか。

 クライミング、私は続けています。最近、体力的にも落ちてきたけど、登りたいルー トは 増えるばかりです。

 京都にいた時は、何度もザイルを組んでくれて、ありがとう。

 お互いの癖を覚えてるよ。

 錫杖、屏風、御在所、、、、青空、ザイルに伝わる情熱。 私は、まだまだ登るよ。

 忙しいと思いますが、どこかの岩場で会えたら声でも掛け合いたいものですね。

 御身体を大切になさつて下さい。

第二章 避難小屋

 避難小屋、ここはパラダイスである。テレビ、クーラー、豪華な電化製品は無い。存 在するのは、私の生活パターンと山の本、押し入れから溢れそうな登攀具である。最 近は、物騒なので外出する時は、カギはかける、施錠確認である。

 普通の人に、直ぐに私のような生活を押し付けても拒絶されてしまうが、一度この生活が 軌道に乗ると、なんとも言えない充実感が沸いてくるのである。「うそー、そんな生活してんのん」と言われるが、私は辛抱強いし、テレビがある人より話題も豊富であ るし新聞も隅まで読んでいる。これは、私の強がり、負けん気であるが、、、、。

 避難小屋での生活、朝早く起きて静かな夜明けを楽しむ、夏は虫の声を聞きながら瞼 を閉じる、秋の月光を横になりながら感じる、冬は舞う雪の花を数える。こうして、 四季を楽しみながら生活している。

第三章 ルンゼ

 夏は落石の多発するルンゼも、冬季は深い雪に埋めつくされている。私達は、胸まで のラッセルで前進し行く。雪崩れに注意して、ダブルアックスで高度を稼いでいく。

 一部ミックスの所も出てくるが、白い一条の溝は上部へと続いている。ビレーしてい ると、トップ が落とす氷塊、落雪がバサバサと落ちてくる。奮戦しているようである、かじかむ手 指にも力がはいる。このピッチが終われば私がトップで進む番だ。フォローして奮戦 していた パートナーに、「厳しかったで、、」と言うと、ニタニタと笑っている。次なるピッチは、傾斜は増して巨大な滑り台のようであった。途中か降り始めた雪のため、登っ てきた眼下のルートは、白い闇に包まれている。ダブルアックスでバシバシと登って 行く、サラサラと最初はやさしく雪は落ちてきた。次にザァーと大きく落ちてきた、

 スノーシャワーだった。これを2回も食らってしまった私の心臓の拍動は頂点に達し た。下から、「どないですかー」と声が掛かった。内心迷ったが、「ゴメンー、降り るでー」とコールを返すしか無かった。私は後悔した、残すところ1ピッチだったの に、、、。なぜ、降りてしまったのだろうか。しかし、この興奮は何故なのだろう。 01年2月・錫杖岳にて。

第四章 クライマーは武者である

 武者とは正義を重んじ

 邪悪なるものを断ち

 一点の曇りなき信念を持つ者である

第五章 四悪

 驚・恐・疑・惑、これが四悪である。人間は、どうしても自己の能力を信じられない こともある。反面、過信してしまうこともある。クライミングでも、何かひとつ歯車 が噛み合わないと、上手く登れない時がある。

 社会での生活でもそうだが、悩むことは多い。よほど精神面を鍛えない限り四悪を消 すことは出来ないようだ。完全に消してしまえば、お坊さんになれるかもしれない。

 少し残しているほうが、人間臭くていいのかもしれない。

第六章 手紙文例・冬の手紙

 前略 北山時雨が雪に変わり、冷たく髪を濡らすようになりましたね。

 風邪、大丈夫ですか。 師走になり、慌しくなりましたが仕事のほうは如何ですか。

 私は冬季登攀の資料を集め、登攀具の点検と変わらぬ冬の準備を進めています。

 貴船から、雪の便りがきたら静かに舞う雪を楽しみに行きましょう。

 夏の蛍とは違う趣があります。

 今年も厳しい寒さになりそうですが、冬の凛とした空気を楽しみましょう。 草々

第七章 二人の道は・・・・空想ドラマ4

 男が山から帰ってくると、玄関には綺麗に新聞が揃えてあった。広告は各スーパーご とに、 新聞は各曜日ごとに揃えてある。そして、広告の白紙の裏を利用して、「夕方に、ま た来ます。今夜は店を休みます。」と見なれた字で書いてあった。

 男は長期間、山へ行く時は新聞受けに何日分も乱雑に新聞が入っているのは、不用心 なので女に新聞の整理を頼んでいくのであった。今回は、目標であった継続登攀が成功したことに満足して帰る途中の松本駅で、「山から下りたので、今夜食事に行くよ」と女に電話を架けたのであった。

 部屋の中は登攀具で混乱していた。こんばんはと来るなり「なに、片付いてへんや ん」と女は呟いた。そして、「せっかく、久し振りに逢えたのに、、、、」と言いな がら、ユマール、カラビナ、スカイフック等と言いながら男の登攀具の整理を黙って 手伝い始めた。その姿は、小さい子供が親の手伝いをしているような感じであった。

 「今夜は何にを食べに行くの、いつもの焼肉屋さんでいいの、、」と問うてきた。山 から帰ったときの二人の食事は、たいがい「焼肉屋さん」と決まっていた。

 焼肉屋は、祇園の路地あった。「食道園」という名前だったように記憶している。

 「学校、夏休み終わったんやろ」と男は言った。女には、小学校生の子供がいた。し かし、離婚しているので独りで育てていた。男は、その子供と少し会って、「こんに ちは」と挨拶を交わしたことしかなかった。

 「そうやん、やっと終わった」と確認するように答えた。そうしているうちに、注文 した品々が運ばれてきた。決して綺麗な店ではないが、大型のチェーン店と違いガヤ ガヤと煩くない。なにより良い点は、いつも店主は「無事、御帰りですか、心配した でしょう」と笑顔で迎えてくれるのである。今回も、白い前掛けをして笑顔で出迎え てくれた。

 「これから、私達どうしていったらいいんやろか」と女が言った。勿論、二人の付き 合い方についてである。聞かれても、二人とも答えなんか出ないのは分かっている が、女の子供が大きくなっていくので、考えなくてはならないのも分かっていた。一 緒になるわけではないが、「お母さんのお友達の男」を上手く説明できるかどうかと 言う疑問であった。 「難しいけど、考えなアカンと思う。大きいなって行って、お母さんの友達が男で異 性やと言うことを感じ始めたら、一区切りつけんとアカン、、、、」と男は言った。

 今の関係を失いたくないが、最終的には別れなくてはならない日が来ることは決まっ ているのである。

 「それは、別れると言うこと、、、。今の関係に区切りがついても、お友達でいて ね。」と女は言った。自分自身もよく理解しているようであった。

 この会話は、二人で論争をしたり言い争い、ケンカをしたりするものではなかった。

 時々二人の会話に現れるものだったので、気にはしない。これから先の不安として二 人の心の片隅に存在していることは消すことが出来ない。二人とも、相手の何が良く て付き合っているのか不思議であった。ひとつ言えることは、お互いに逢えば素直に なれるし落着くのであった。

 いつものように山の話・クライミングの話をしてくれと、女は言った。今回は、良い クライミングが出来たので、男は快く喋った。どのくらいの時間を食事に費やしたの だろうか、周りのお客さんの顔も変わっている。

 店を出ると、路地には水がまいてあった。9月に入ってから夜は涼しくなっていた。 夜風が吹き抜けると、路上の水溜りがサワサワと波立つのを見て、「もう、秋の風」 と女が髪を手で梳かしながら小さく叫んだ。これが、二人の三度目の秋だった。その 夜は、抱き合うこともなく、会社を辞めた友人が営む地下のバーで夜を明かした。友 人のマスターが見守る中、過ぎ行く夏の夜を楽しんだのである。

おわりに

 前回の青春の詩3を書き終えてから、一年数月が経過したように思う。下書きは出来 ていたが、なかなか書くことが出来なかった。今回は、今までよりも重くなっている と思う。雪稜クラブのホームページの一画を頂いている青春の詩であるが、こんな変 な文章を載せてもらって良いのだろうかと思うこともある。しかし、私がクライミン グを続け、避難小屋で四季を楽しみ続ける限りは、ドンドンと書こうと思っている。

 毎回よく似たパターンになっていますが、皆さんも視点を変えて読んでみて下さい。 私からの、メッセージが隠されていますから、、、、。

 就職や転勤、業務多忙で山から遠ざかっていく仲間も多い。これは、各個人の生活な ので仕方ないことである。私は、山に行かなくても「山を忘れてはいない」と信じて いる。「お前ほど、アホみたいに熱を上げへんよ」と言われるかもしれないが、一緒 に苦しみ勝ち取った感動がある限り信じたい。現在の自己の置かれている社会での責任・立場の中で、自由に山に行くのは難しいことが多いと思うが、しかし、必ず帰っ て来てほしいと私は願う。

 せっかく、始めた山なんだから、、、、、。

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