04 鈴鹿、藤原岳の春の風景(鈴鹿)

数年前、私は山野草を懐石料理のお店などに活ける仕事をしていたが、毎日触れている木、野草がいったいどんなところに、どんな風に生きているのか、全くと言っていいほど知らなかった。

当時私のいた花屋には、二週間に一回程度、‘切り出し屋さん*’といわれるマッチョなおっちゃん、お兄さんが‘枝もの’をわんさと抱えて来てくれていた。そして春にはマンサク、山桜、初夏には緑の美しい深山南天、夏ハゼ、秋には紅葉の美しいマルバマンサクと、四季折々さまざまな枝ものを置いていってくれ、我々の眼を楽しませてくれていた。(* ちなみに誤解があるといけないので付け加えておくが、彼らは違法伐採業者とは違い、ちゃんと自分たちの山を持っていて、そこから切り出してくるのだ。) そして、実際山で見るとそれらがどれほど美しいかを彼らから聞かされているうち、私はすっかり山に憧れるようになってしまった。 その時鈴鹿の話も何度か出ており、当時私は山に関して素人であったが、好奇心と憧れに駆られ、友達と霊仙山に登った。そのときに見た風景と感動は、今も私の中にはっきりと残っている。それだけに、鈴鹿の山は私にとって特別の場所である。

そんな私が今回紹介するのは、花がきれいで、日帰りできる山。特に私が好きなのは、秋の霊仙山、春の藤原岳である。そして今回春の花々を中心に紹介したいと思ったのだが、私の持つ写真、そして私の写した写真はHPに載せるに耐えない?変なスナップ写真ばっかりだったので、津久井さんにお願いして、滋賀県の鈴木公夫さんに美しい写真の数々を提供していただいた。この場を借りてお礼申し上げます。

鈴鹿の霊仙、藤原は花の山として有名だが、やはりメジャーになるだけあり、本当に美しい。またそれだけでなく、なんとなく懐かしい気分にさせてくれるところがある。 霊仙、藤原だけでなく鈴鹿山脈全体に共通することとして、頂上付近に見られる石灰岩の多いカルスト地形が有名であるが、それと共に付け加えたいのが、落葉樹の森の明るさである。この明るさは原生林的なものではなく、確実に人の手が入った二次林的な明るさであり、長い年月、里の人々が生計を立てるために森に入り、間伐を繰り返したことによって作られた明るさである。そして、四季折々林床にぱっと現れる花々は、高山植物のような孤高のものではなく、人々の暮らしの隣で、常に新しい季節の到来を告げてくれた野草の類である。そこにはまさしく、私のイメージする‘日本の原風景’的な空気が漂い、それがなんとなく懐かしい気分にさせるのかもしれない。

そんな里山の情緒を感じつつ高度を上げていくに従って、どんどん風景が変化していくのもこの山の魅力のひとつだ。落葉樹の森を抜けると背の高い笹原に入り込み、さらにそれを抜けると今度は広々した稜線の景色。狭い視界から、劇的に広い視界に変わる。しかも先ほど述べたように石灰岩があちこちに散在し、その岩の間を埋めるように草花が風にそよがれており、‘日本庭園’らしい景色が広がる。霊仙、藤原岳共にそんな風景を通り抜け、広々とした頂上にたどり着く。晴れた日の頂上の見晴らしは最高だ。初春なら、琵琶湖や雪を冠った山が空の上に浮いているように見える。

この両山で花がきれいなコースはいくつもあり、人によって様々だとは思うが、私の浅い経験と独断だけで選ぶなら、2つ挙げられる。  まずひとつめ、秋の霊仙の、上丹生〜うるしが滝〜頂上から、帰路、谷山の横を通り抜け長い柏原道を下るコース。うるしが滝の往路は春でも花が楽しめるが、秋のさびれた感じもとてもよい。加えて柏原道の下りはかなり単調だが、ヒヨドリソウの群落をかきわけ、夕焼けに輝く伊吹山を眺めながらのんびり歩くのは気持ちがいい。ただし景色のいいところで夕日の伊吹を見ると、確実にヘッドランプがいることになってしまうが・・・。

そして2つめが、春の藤原岳。これこそコースは様々だが、単なる往復だけでは非常にもったいない。行けるのならコグルミ谷から御池岳を目指し、その後白船峠から藤原岳へ・・・と、全部回りたいところだが、単なる縦走ハイキングになってもつまらないので、ゆっくり回りつつも花を楽しむため、御池岳は別機会にしておこう。

それでコースとしては、往路コグルミ谷〜カタクリ峠〜冷川岳〜白船峠〜天狗岩〜藤原山荘〜藤原岳頂上、帰路は西藤原に直接下りるコース、聖宝寺に下りるコースのどちらでもよい。往路では花を楽しむだけでなく、御池岳付近から藤原岳へ、植生がどんどん変化し、それと共に広がる風景も変化していくのを感じられる。ここでは4月中旬から下旬、‘スプリング・エフェメラル(春の妖精)’と呼ばれる春の花に多く出会える。今回はこの往路のみを紹介したい。

ニリンソウ

可憐なセツブンソウ

可憐なセツブンソウ

スミレの群生

まず、コグルミ谷からカタクリ峠までには非常に小さい可憐な花に出会える。小さいので見落としてはいけない。春、3月中旬から4月下旬にかけては、開花時期は少しずつずれるが、節分草、ネコノメソウ、チゴユリ、ニリンソウ、エンレイソウ、ミヤマカタバミなど、雪が融けてむき出しの地面に色をそえる。スミレなどは何種類あるかわからないくらい、いろんな色のものを見かける。また見上げると、イヌブナ、リョウブなどの新緑が鮮やかに萌え、気持ちいい。長命水の前後あたりは少し傾斜がきつく歩いていると汗がにじみ出てくるが、そのほかはそれほど辛い登りはない。5合目の看板を過ぎた辺りから、ちらほらとカタクリが姿を見せ始め、カタクリ峠ではその名のとおり、多くのカタクリの群落が楽しませてくれる。ここで一息ついたら、白船峠へと向かう。しばらくはカタクリ、スミレ、イワウチワ、コイワカガミなどが楽しませてくれるものの、道自体は単調で長く、眺めもそれほどよくはない。4月下旬ではこのあたりの新緑もまだ寂しげで、全体的にひっそりした感じだ。白船峠を越え1143m地点の大きな鉄塔にびっくりすると、いよいよ景色が変化し始める。樹木はイヌブナよりカエデのほうが目立つようになり、足元は乾いた感じからふかふかとした湿潤な感触になる。林床は可憐な花々が姿を消し、バイケイソウの芽吹きが勢いよく一面に広がっている。そこはまさしく湿地帯の雰囲気を呈しており、そんなところがあると知らなかった私は、非常に驚き、感激した。また天狗岩を越えたあたりからは背の高い樹木が無くなり、ササと、背の低い灌木(名前がわからない)が広がる。高山で言えば森林限界を超えたような雰囲気だ。冬の雪の深さを感じさせられる。このあたりでも景色は非常に雄大で、ゆったりした山並みが一望できる。

ヒトリシズカ

カタクリの群落

さらに藤原山荘へ近づくにつれ、石灰岩があちこちに現れ、その影に身を潜めるかのようにバイモユリ、スミレ、ヒトリシズカなどが咲いている。さらに一面は福寿草の野原で、4月下旬はもう福寿草のシーズンをすっかり過ぎているというのに、まだちらほら花を見かけることができた。また、キクザキイチゲの葉が一面に青々と茂っていたので、開花時期に来るとどれほど美しいだろう、と想像するだけでも楽しくなった。このあたりが、私は一番好きだ。  そんな庭園的風景を通り抜けると、藤原山荘に到着する。ここでは人の多さにびっくりする。花の山として有名なので、当然のことではあるが・・・。 ここからは笹のトンネルを通り抜け、眺めのいい山頂へ。やはり人は多いが、周りの雄大な景色に気持ちはおされ、清々しい気分でいられることだろう。そして春ならば、霞にけむる向かいの山腹に、新緑の中、ぽつん、ぽつんと、山桜の渋い桃色を見つけられる。

イワカガミ

福寿草

こんな日本画のような景色と色彩を堪能しながら頂上でぼんやり佇んでいる時、私はいつも日本の四季は美しいとしみじみ思う。そして歩いてきた道すがら出合った花を思い出し、山に咲く花の美しさは、その生を受ける場所から与えられるものなのだ、とつくづく感じる。花屋時代には知らなかった命の輝きを、山では感じるのだ。

(熊野有子)

関連情報

コースタイム(概算)

行動+休憩で約7時間

往路

コグルミ谷〜(1時間)〜カタクリ峠〜(1時間)〜白船峠〜(1時間)〜藤原山荘〜(15分)〜藤原岳山頂

復路(聖宝寺コース)

藤原山荘〜(1時間40分)〜聖宝寺〜(30分)〜西藤原駅
**欲を言うなら、近場に温泉があればいいのに!(それとも私が知らんだけ??)

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