京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動◆京都岳連加入◆
岩国から始まった桜行脚も陸奥でいよいよ佳境をむかえる。田沢湖・角館を経て初めて津軽まで足を延ばす。
弘前に着いたのは陽もすっかり暮落ちた夜桜の頃、カメラと三脚を持って弘前城へと急ぐ。追手門では堀の土手に淡いシダレザクラがこんもりとその姿を水面に映し込んでいた。誘われるまま城内へ入ってゆくと大きなさくら達がゆらりゆらり迎えてくれる。本丸にはぼぉやりと白く浮かびあがる天守閣、人々は桜に酔っていた。
「関山」@弘前城公園 |
翌朝、お城へ散歩に出かける。路地を出たところで足がとまってしまった。大きな、大きな白い岩木山が静かに座っていた。美しかった、しばらく見とれていた。素敵な出会いにドキドキしながらお城へ向かう。朝の城内はやさしい色の桜、深い翠の松、たくさんの古木であふれ、ゆったりとした気持ちにしてくれる。本丸へあがるとさくらの間からお山が見えた。さっきよりきゅッとしたような、ちょうど天守閣と一幅の絵になるような。
弘前城は慶長16(1611)年築城当初、五層の天守閣がそびえていたが、わずか17年目で焼失している。第五層南側の鯱鉾に落雷炎上、第三層にあった釣鐘は灼熱して落下、階下に置かれていた火薬が大爆発した、と記されている。当時、幕府は五層の天守閣の新築を禁じていたため、三層の角櫓の一つを改築し天守閣のかわりとした。本丸にかかる下乗橋からみれば千鳥破風を飾り、本丸からは銅扉の連窓の質素な造りである。
『ところで、本丸にのぼった者はこの台上の主役が天守閣ではないことを悟らされるのである。
……
三層の天守閣が津軽平野の支配の象徴ではなく、じつはこの天守閣は神である岩木山に仕えているのだということを知らされる。
……
雪の津軽平野を見遥かすうちに、岩木山を凌ごうとするものは現れるべきではない、という気がしてくる。寛永4年の落雷は、あるいは天意だったのかもしれない。』
(司馬遼太郎著『北のまほろば 街道をゆく41』:朝日文芸文庫)
岩木山の広い裾野がなだらかにながれてゆく。散歩をする人がかわるがわる歩をとめ、お山にむかって手を合わせてゆく。遠くからは津軽三味線の音が聞こえてきた。今日は大会がある。
夏は祭りにハネて、秋は八甲田で過ごし、冬は雪に包まれた津軽を歩いた。いつ訪れてもお山はステキに好い姿で迎えてくれた。それはきっととてもツイていたのだ。
真っ白な野山に色彩豊かな津軽凧の向こうにも、越冬にくる白鳥の遊ぶのもお山は静かに見守っていた。弘前を発つ日、いつもの路地を出た。すれ違う人に声をかけられ初めて気づいた、いつのまにか無意識に私もお山に手を合わせるようになっていたらしい。
白鳥と岩木山 藤崎町にて |
りんごの花 アップルロード |
再びはなの季節が巡ってくる。例年に比べこの年の桜前線は思いの外はやく列島を駆け上がった。阿蘇から追いかけた桜も、津軽を訪れる頃にはすでにソメイヨシノもシダレザクラも過ぎ、遅咲きの八重桜が足元一面を染めていた。
岩木山 アップルロードより |
りんごとおばさん アップルロード |
りんごジュースをカゴに岩木町まで自転車をコロがした。右に左にりんごの花が満開のアップルロードをいくつかの坂を上っては下り、下っては上り…、雪形残すお山に近づいてゆく。ヨレヨレになりながら岩木山神社へ辿りついた。
青空の下、あかるい参道をまっすぐにゆく。気持ち好い。愛嬌たっぷりの狛犬にあいさつし、楼門をくぐる。右手には御手水がざぶざぶ(?)と勢いよく滝のように流れおちていた。人の身長ほどもある長い柄杓でお山から染み出た水を汲む、ひんやりと冷たい。本殿へ拝し、きっと今度の夏はお山に登ることを約束、手拭を買って神社を後にした。
三ヶ月経ち、とうとうチャンス到来——とはいうものの、この夏は悪天続きでこの日も今にも泣き出しそうな天気だった。同宿していた女性と登ることになった。
玉垣をよじ登り駆け下るような狛犬方々と再会をよろこび、御神水で清め、無事をお祈りして、境内脇左手の背の高い木立の中を歩いてゆく。森閑としていて清々しい。神苑桜林を抜けて、展望のない樹林の中を登る。えっちらおっちら…、ゆくうちに雲だらけの空が見えてきた。
岩木山暮色 |
痛々しい「ミチノコザクラ」 |
もう一つ楽しみにしていたのが、岩木山の初夏の名花「ミチノクコザクラ」に会いたいと思っていたコトだ。どうかひとつでも残っていてくれますように。焼止避難小屋からは大沢を登るのだが傾斜もきつくなる、ハシゴもある。果たして、錫杖清水でのどを潤したあと、少しいったところに一株残っていた。すでに枯れかけてかなり傷んでいたけれども、思ってたより少し大きい目な花だった。私も花もお互いグッタリしていたが、元気づけられ山頂を目差す。しかし、種蒔苗代に着く頃とうとう雨が降り出した。
鳳鳴ヒュッテからは御坂を急登する。岩場をはぁはぁ息も荒々しくなる。ヘロヘロで立った山頂からは…真っ白でなんにも見えなかった。桃をいただき、コーヒーで乾杯。岩木山神社奥宮で鈴を買って山を下りる、再び来ることをココロに決めて。
嶽温泉方面に向かった。みちみち、鈴の音とブナの深い木々に抱かれて慰めてもらった。緑がとてもうつくしい。
無事、バス停まで出てきた。温泉を目の前にしながら先を急ぐ為オアズケにする。嶽温泉はオススメされていたので残念。
きっときっと次回こそ、お山からみちのくの大展望を眺めにゆく!
追 アイヌ語で「カムイ・エワク・イ」=神々・座す・者。すなわち、「山頂などの岩場」とゆう意。
(廣澤)