白山 大畠谷右俣〜開津谷下降(沢登り)

メンバー CL: ヤナセ(関西岩峰会)
SL: アサノハタヤ(以上、京都雪稜クラブ)
期日 2005年9月22日(木)夜〜25日(日)
地域・山域 富山県 白山 境川水系 大畠谷(おばたきたん)
ルート 桂橋〜大畠谷[遡行]〜右俣〜1591ピーク南方〜奈良岳南方コル〜開津谷[下降]〜開津橋〜桂橋
山行形態 沢登り

コースタイム (記録:ハタヤ

2005年9月22日(木)

21:55 京都駅(京都東〜北陸道〜五箇山 有料道路使用)
1:45 桂橋奥駐車スペース

2005年9月23日(金)

5:00 起床
6:00 出発
6:10 入溪
7:10-8:20 2段30m滝、右岸を巻く。(2P。1P III+:ヤナセ氏リード、2P III+:アサノ氏リード)ピッチ終了後は濃い藪をトラバースし沢床に降りる。
9:30-10:15 ヤナセ氏、魚影を求めて竿を出す。子持ちの岩魚1匹を釣る。
10:20 大谷出合
11:05-11:18 3mCS滝、8mCS滝を左岸から巻き、残置ハーケンで懸垂(1P)
11:25-11:45 6m滝、右壁を空身で登る。(1P IV+:ヤナセ氏リード)
11:45-11:50 6m滝、釜を泳いで左壁を登る(1P:アサノ氏リード)
11:50 7m滝、滝裏をくぐるように左岸から右岸に移り直登
11:53-12:05 3m滝、左壁を左方から右方へトラバース気味に登る(1P IV+:アサノ氏リード)
12:05-12:20 昼食
12:20-12:27 5m滝、右壁を水線際に登る(1P:ヤナセ氏リード)
13:05-14:10 2段40m滝、左岸を高巻き40m懸垂下降(1P)
14:20 大畠谷二俣(C1)
14:20-14:40 アサノ氏・ヤナセ氏、右俣ゴルジュを偵察。
16:00 夕食(カレー+コーンスープ+岩魚)
20:00 就寝

2005年9月24日(土)

6:00 起床
6:20 朝食(乾燥野菜入り焼きそば+コーンスープ)
7:45 C1出発、右俣へ
8:00 10m滝、ショルダーで左岸から右岸へ乗り越す
8:15 15m滝手前から左岸の岩壁を巻き始める。終了点まで計4Pの登攀。1P〜3Pまで支点・ランニングが全く取れずハーケンを打っての支点確保となる。

1P III+:ヤナセ氏リード(40m)。ゴルジュから左壁に取り付く。
2P III:アサノ氏リード(45m)。浮石多く、曳いたザイルが落石を誘発する。
3P III:ヤナセ氏リード(45m)。藪に届く。
4P III:アサノ氏リード。(45m)。ブッシュに支点を求めて藪の中にザイルを伸ばす。

10:40-10:45 4P終了点
11:05 左岸から沢床へ5m懸垂下降(1P)
11:25 奥の二俣
12:00 この頃から水流が途絶え藪こぎに
12:30-12:45 稜線(1591Pのやや南方)
13:05 奈良岳南方のコルから開津谷を下降開始。源頭から水流が現れるまで浮石が非常に多い。
14:05 開津谷二俣出合(C2)
17:00 夕食(α米+麻婆春雨+ふりかけ+みそ汁)
20:30 就寝

2005年9月25日(日)

5:00 起床
5:20 朝食(乾燥野菜入り棒ラーメン+いわしのうま煮+みそ汁)
7:07 C2出発
7:30 連瀑帯、右岸を大きく巻く
8:10-8:20 魚留めの滝上部の斜瀑、5m懸垂下降(1P)
8:25-8:45 魚留めの滝、15m懸垂下降(1P)
9:00-9:17 左岸側の林道終点。大きな堰堤が工事中
9:26 橋を渡って右岸に乗り換える
9:42 開津橋
10:20 車駐車地点
10:40 出発
11:30-12:00 平瀬温泉
17:30 京都市内(高鷲〜東海北陸道〜京都東 有料道路使用)

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ヤナセ氏の所感

「天気予報が・・・」
芳しくない。折悪しく台風まで発生してしまった。
出発の1週間前あたりからインターネットの天気予報をチェックし、微妙な予報の変化に一喜一憂しながら出発まで悶々とした毎日を送っていた。盆の八久和川敗退以後、あまり良い山行ができていない。前週の3連休は大畠谷に疲れを残さないようにあえて休息をとったのだが、歯噛みするほどに良い天気であった。
10月3連休は社内旅行で完全につぶされるので、この3連休の山行が成功するか否かで今年の沢シーズンが充実したものになるかどうかが決まるといっても過言ではなかった。

大畠谷・・。5級というグレードが付けられているこの沢は上部で二俣をなし、この二俣は左右両俣ともぐるりと大岩壁に囲まれて容易に遡行を許さない。その突破には、沢屋であることは当然ながら、マルチの岩登りができるということが必要条件となってくる。
今回のメンバーは、雪稜クラブの沢のスペシャリスト、アサノさんと最近メキメキ沢の腕を上げている雪稜クラブの若きホープ、ハタヤさんとの3人である。屈強なパートナー達であるが、いかんせん普段なかなか組む機会のもてるチームではないこともあり、何としてもこの稀有なチャンスをものにしたかった。

予報は微妙・・、台風の進路如何によっては修羅場になる可能性もないとは言いきれない。
「アサノさん、天気が微妙ですな・・。せめて遡行できる程度に持ってくれればいいのですが。」
「あぁー、まあ・・・、   大丈夫でしょ!!」
拍子抜けするほどの飄々とした口調に思わず吹き出してしまう。しかしお陰でだいぶ気が楽になった。今更どうこうと思い悩んだところでどうすることもできない。事ここに至っては、もはやあたって砕けるよりほかないのだ。

9月23日

5時起床。さすがに秋が深まってきており空はまだ暗い。幸い満天の星空、行ける!!
6時出発。さすがにもう明るい。大畠谷出合にかかる吊り橋手前で沢に降り入渓する。1箇所ほど一瞬泳ぐ所があったが、そこ以外はしばらく平凡な流れを遡行する。刺激がないので眠い・・。やがて圧倒的な様相でそびえる2段30m滝にぶつかった。直登は無理で、一段上がり右岸のルンゼっぽい草付き混じりの壁を登る。私とアサノさんで2ピッチロープを伸ばし、後は右岸のブッシュの斜面を下部廊下に平行にトラバースするように巻き、懸垂することなくドンピシャで下部廊下の終了地点に降り立った。アサノさんの見事なルートファインディングであった。そこから大谷出合まではしばらく河原歩きがつづく。歩きながらさっきからチラチラと岩魚の魚影が目立つ。今回釣り道具は持って来てはいるものの1日目は苦労しそうなので釣りしている時間はないだろうと踏んでいたのだが、しかしだからといって目の前を尺・・、いや下手をすれば40cm近いのではないかと思えるほどのものが行き交っているのである。ここで竿をださないものは釣り師ではないだろう。2人に拝むようにしてお願いして大谷出合まで釣り上がりをさせてもらうことにする。しかし、いざルアーを投げ込んでみると追っかけはするもののなかなか食いつかない。盛夏ならバカ釣れしそうな気がするのだが、産卵シーズンを控えてやや活性が落ちているのかどうか・・。
それともただ単に腕が悪いだけなのか・・・。それでもかろうじて1匹だけ釣る事ができた。
―釣りは10時まで。
そう心に決めていながら、つい熱中して「まずいなあ・・」と思いながらも15分オーバーし、10時15分頃に大谷出合に到着。ここから上部廊下が始まるのでさすがに竿をしまうことにする。
みるみる両岸が切り立ってきた。いよいよ上部廊下のはじまりである。まずネジレ状の3段15m、こいつは一瞬飛瀑を受けて右岸へ横断、左壁より落ち口へと降り立つ。難しくはないが最後に落ち口へトラバースするところが少しこわい。なおも両岸は切り立ち小滝が連続するものの快適に遡行、実におもしろい。
やがて3m、8mのCS滝が現われ直登は無理、左岸を巻き残置ハーケン2本で落ち口へ斜めに懸垂する。
この箇所は悪そうに書いてある記述が散見できたが、実際にはさほど悪くもなかった。さらにゴルジュが続く。ここから上、数カ所が上部廊下のハイライトというべきか、手応えのある滝が3箇所立て続けに出てきて、立て続けにアンザイレンする。まず6m滝、これは右の垂壁を登る。一瞬足が細かく難しいが、落ちてもドボンで済みそうな気がする(気がするだけで実際はわからない)のでフリー感覚で登れる。次の5m滝は釜を泳いで左壁に取り付く。見た目ほど悪くないが泳いで壁に取り付くという沢独特のシチュエーションは最高におもしろい。次は6〜7m滝、左壁を右上ぎみにのぼるがスタンスがやや外傾しており沢靴のフリクションを最大限に発揮しなければならない所。ここでちょうど12時ごろ。あまり休憩もとっていなかったので昼食とする。天気、ペースともに実に順調、最高である。なおもゴルジュは続く。5m滝、流水ぎりぎりの右壁を手足のホールドを滝の中に求めて上がる。だいぶ沢が開けてきた。ここまできたら気が楽である。あとは2段40mの滝の高巻きのみで二俣につくはずである。が、この2段40mの巻きがややハマった。過去の記録では「右岸からまいてあっさり抜けられた」とあったのだが、滝のやや手前の左岸に踏み跡らしきもの(人が頻繁に入る沢とも思えないので、ふりかえって思えば踏み跡ではないのだろう)があったので吸い寄せされるようにそっちへ入ってしまった。どんどん上へ巻き上がらされて、天気が良いこともあり汗が滝のように流れる。「クソーッ」と思いながら更に上を目指そうとするとアサノさんから「懸垂しましょうか」と声をかけられふと我にかえる。下は断崖絶壁のゴルジュだが、滝を越えているのは間違いない。50mダブルなら問題ないだろう、たぶん・・。40mほどの懸垂で沢に降り立つことができ、待望の水にありつくことができた。この巻きでやや消耗させられた私は少しフラフラした足取りで遡行をつづけることつかの間、突如正面にすさまじい光景が飛びこんできた。まず左俣大滝が正面に見える。近づくにつれ左右の視界が開け二俣の全容を見渡すことができるようになる。目指す右俣ゴルジュは壁のなかに深くめり込んで正面からそれと認めることはできない。
―これが噂の二俣か・・。
難攻不落の城塞のごとく構える二俣の大岩壁は写真でみるよりも傾斜が立っているように見え、遠目からでは攻めるべきラインがよくわからない。右俣ゴルジュ入り口まで近づいてみるが地形が複雑に入り組みすぎているため、かえって視界が遮られやはりよくわからない。
―まあいい。明日の課題だ。
とにかく今日はこの大城塞に見守られるようにして一夜を過ごすのだ。焚き火をして早速岩魚の調理にかかる。塩を忘れてしまったのでハタヤさんが持ってきていただいたユカリをまぶして梅風味の岩魚を食することにする。「うーむ、なかなかいける!!」思わぬ発見であった。3人で仲良く食し、ハタヤさんは何と骨と頭まで食べてしまった。実は、頭は火が完全に通っているかどうか疑わしかったのだが、まあ鉄の胃袋をもっていそうなハタヤさんなら大丈夫だろう。満天の星空、大岩壁に見守られての焚き火・・、最高の一夜であった。少なくとも寝るまでは・・・。

夜中にふと目を覚ますと、ツエルトを雨がたたく音が聞こえる。
―マジか・・。
ほんやりした意識のなかに不安を抱きながら、寝ているとも起きているともわからないうつらうつらとした状態の中で夜の時間が過ぎていく。

9月24日

6時起床。霧雨。岩は湿っており、この二俣登攀のために持参したクライミングシューズはただの重石と化した。8時出発。右俣ゴルジュに突入する。入口から少し入ったところで左岸から右岸へとショルダーで越え、そこから更に1段上がり10m滝下に達する。ゴルジュ内はトンネルのように狭く、激しくくねっており、大岩壁のはらわたの中を通っているみたいだ。可能な限り水線沿いを攻めたいアサノさんはこの10m滝を右岸から小さく巻きたいようであったが、私は消極的にもオーソドックスな左岸の登攀を希望し、快く受け入れていただく。1P目、ゴルジュから上がり小リッジをまたぎ、左上ぎみにあがる。小リッジをまたぐと視界が開けるのだが、飛びこんでくる光景は辺り一面の壁、壁、壁・・。ピンはない、一切ない。岩登り自体はII〜III程度のものだが、ランナーが取れず目指すべきラインがはっきりとわからないのでどうしても動きがぎこちなくなる。ハーケンを打ちこむリスは豊富にありそうだが、よく効くものがなかなか見当たらず、ビレー点の工作に苦労する。上のような理由で1P目はやや時間をくってしまった。しかし慣れてくるとだんだん目指すべきラインがはっきりと見えてきた。アサノさんと交代で計4ピッチでこの壁を抜ける。あとは左岸の斜面をトラバースぎみに行くと沢に落ち込んでいる藪尾根にぶつかり、この藪尾根を下ればあとは5m程度の懸垂で沢にもどることができた。壁に取り付いてから、実に3時間以上の格闘であった。このあとはとくに難所もなく40m斜瀑も快適に直登できたが、稜線にでるまでの藪漕ぎが予想以上に長く激しく、やや閉口する。もしかしたらライン取りに無駄があったかもしれない。GPSによると1591mピークのわずか南方に出たようだ。すぐに1591mピークに達し、登山道を奈良岳とのコルまで行き、そこから開津谷左俣の下降を開始する。再び藪漕ぎ、地面はガレていて歩きづらい。しかし下るに従い、徐々に左右が開けて歩きやすくなってくるので、次第に気持ちが和らいできた。下降を開始して1時間で開津谷二俣に到着、今日の幕場とする。天気は朝から良くも悪くもならず、相変わらず霧雨がつづいている。しかし焚き火を起こすには極端な障害にはならず、景気良く燃えてくれたので、何とか衣類を乾かすことができた。地面が濡れているのであまりどっかりと腰を下ろす気にはなれず、焚き火を囲んでほとんど立ったままであったが、3人とも今回の山行の話を皮切りに、沢の話題で大いに盛り上がった。もしかしたらその光景は井戸端会議をしているオバチャンに似ていたかもしれない。

9月25日

5時起床。天気は昨日からほとんど変わらない。霧雨である。今日は下るだけなので気が楽だが、油断は禁物。ここでケガをしたら折角の栄光が台無しである。下降を開始してすぐに連瀑帯になる。アサノさんに懸垂ができそうな所がないか探ってもらうが、ありそうにないとのことなので右岸を巻き下りる。存外あっさりと降りることができた。さらにゴルジュの中を下降するが、残置テープなどもあり、下り自体は問題ない。魚留めの滝手前の滝で、ハタヤさんから長いスリングを提供してもらい巨石を支点に一回懸垂。魚留めの滝は一個が残置ハーケン、1個が突き出た岩角にかけた残置スリングの2点を支点として懸垂。この残置支点はどうなっているのか最初意味がわからずしばらく悩んでしまったが、アサノさんが岩角にスリングをかけたのを見て初めて意味がわかり、思わず感心してしまった。
この懸垂を終えてさらに下りつづけることつかの間、テント場の二俣から実に2時間足らずで林道の延びた工事中の堰堤に降り立つことができた。

あとがき

昨年の暮れの時点で、私は次シーズンの沢の目標に3つの沢を上げていた。

そのうち銚子川岩井谷は、藪尾根のど真ん中でビバークするという苦労はあったものの、良い天気に恵まれシーズンの早い段階で何とか成し遂げることができた。八久和川は悪天であえなく敗退、尺岩魚がつれたことが唯一の慰めだが、天気には勝てずこれは仕方がない。
そして今回の大畠谷・・。正直なところ、この沢は目標にあげた3つの沢で一番実現が難しいだろう、というよりも正直なところ今年中の実現をあまり深く考えていなかった。池郷川下部ゴルジュに御一緒させていただいた際にアサノさんにダメもとで声をかけてみた。しかし意外(というのはあるいは失礼かもしないが)にも「行きましょう!!」という力強いお返事をメールでいただくことができた。それに雪稜クラブのホープ、ハタヤさんという屈強なメンバーも加わり、淡く灯っていた希望の炎が突如激しく燃えるがごとく今期最後の目標に向かって突き進むことができたのである。
出発直前に台風が発生し、一時はどうなるものかという不安もあったが、何とか計画を計画どおりに遂行することができた。今回御一緒していただいたアサノさん、ハタヤさんにはあらためて感謝の意を表したいとともに、同じ沢を志す同志としてこれからも山行を共にしていただけたら有り難いと思う。

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アサノの所感

 大畠谷、ずっと前から気になっていた谷である。今年7月池郷川下部ゴルジュへ行ったときヤナセ君が
「大畠谷へ行こうと思っているんですよ。」
 力強いパートナーに出会い、突如今年秋に実現することになった。活発に活動する若手ハタヤ君も加わり待ちに待った日が訪れた。

9月23日(金)

 6:00出発。天気は上々穏やかな秋晴れの空である。桂橋からわずかで大畠谷と出合う。入り口は穏やかな流れである。ときおりへつり、渡渉はあるものの問題はない。どんどん距離を稼いでいく。ちょっと拍子抜けの感もあった。
 7:00、第1関門の出現である。拍子抜けしていた心を強打するような強烈なゴルジュ40mはあろう側壁に囲まれた2段30mの飛瀑が轟音をたてている。左岸は絶望的。右岸にバンドと凹角が見える。そこからスカイラインを目指すのがルート(ルート図1参照)のように思える。一段あがってみる。思ったより立っている。1本だけあった心細い潅木でビレーしヤナセ君がダブルロープでリードする。残置ハーケンが1本あったようで手近にランニングをとった。バンドをトラバスし浅い凹角を直上する。すんなりと抜け上部のブッシュ帯に入った。笛の音を合図にアサノ、ハタヤが登る。バンドは思ったより安定していた。凹角も近づいてみるとそれほどでもなかった。しかし、その上の草付きがいやらしく慎重に体重を移動させていった。次にアサノがリードする。ブッシュ付きの岩を斜上し、急なブッシュを直上していく。ザイルがブッシュにすれて重い。傾斜が緩んだところで支点を潅木に求め後続を迎えた。2ピッチ計80mIII+というところか。さすが大畠谷この先もこんなのが続くのだろうか。口には出さなかったものの3人ともこの先の不安?(期待かもしれない?)を抱いていたのは確かである。ここから小尾根を越え急なブッシュ帯をトラバスし、傾斜のやや緩んだところを縫って谷に降り立った。(8:20)
 さっきの激しさがうそのように流れは穏やかだった。川原を進むと大きなイワナがはねた。ヤナセ君が岩の下に手を入れ捕獲しようとする。
「大谷まで竿出していいですかね。」
 遠慮しがちにヤナセ君がいう。釣り師でもあるヤナセ君はもう我慢できなくなったようだ。私とハタヤ君は後からゆっくりヤナセ君の釣りを見物しながら進んでいった。収穫は1匹。丸々としたのが釣れた。大谷までは穏やかなときが流れた。
 大谷(10:15)を分けると一変した滝が連続する。どの滝も一見威圧感があるが登ってみるとそうでもない。ザイルを使うこともなく楽しく登っていける。シャワークライム、滝の裏くぐり、フリクションもよく効く。1ヶ所左岸草付きに取りつき懸垂下降した。懸垂用に残置ハーケンが2本あった。ゴルジュの最後は2度ザイルを出した。1つ目はヤナセ君が空身でリードした。たてフレークの立ったフェース(6mIV+)である。フリークライマーでもあるヤナセ君の華麗な登りで越えた。2つ目は泳ぎから細かいスラブ(3mIV+)である。アサノリードで越える。指先ほどのホールドを拾いながら体重移動で抜けた。ここでゴルジュも終わり、調度12:00お昼にする。
 この先はときおり現われる小滝をこなしてスムーズに進んでいく。2段40mの大きな滝が現われる。直登は無理そうである。巻きは左右どちらでもいけそうだ。左岸の草付きからブッシュ帯に入っていく。滝の側壁が意外と発達しておりなかなか滝に近づけない。滝上も側壁高くザイル2本使った40m懸垂で谷に戻ることになった。
 やがて前方に大スラブが見え始めてくる。あれが今日の泊まり場だ。大きなチョックストンのすきまをすり抜けると大スラブに囲まれた広場に出た(14:20)。荒涼とした風景の中を左俣の大滝が流れ落ちている。右俣ゴルジュは折り重なった壁に隠されて見えない。ザックを置いて右俣偵察にでかける。ゴルジュはくねりながら続いている。ゴルジュの中に入ると岩に包囲されるような感覚になる。ただ水量は少ないので威圧感というより、かわいらしさ愛おしさを感じてしまう。私はやっぱり変人なのだろうか?とりあえずある程度は前進できそうな感触を得た。
 今日は取りたて新鮮なシシトウがたっぷり入ったカレーで明日に備えることにしよう。ヤナセ君の釣ってくれたイワナをシソのふりかけ焼きにしていただいた。腹の中の卵もコーンスープに入れてありがたくいただいた。ヤナセ君と山の神に感謝である。

9月24日(土)

 きのうの秋空はどこへ行ったのだろうか。荒涼とした風景はときおりガスの中に飲み込まれた。飽和した水滴が霧雨となって我々を濡らす。
 7:45出発。ハタヤ君のニンニクヤキソバで元気をつけてゴルジュに突っ込んだ。最初の2m滝を左岸から右岸へ越し、バンドをへつって10m滝に達した。さあここからどうする。滝は立った樋状で登れそうもない。落ち口の感じから右岸を巻けば滝上に出られそうに見える。ヤナセ君は左岸からの大高巻きと見ていた。ここの判断はリーダーにゆだね左岸ルート(ルート図2参照)を選択した。1ピッチ目ヤナセ君がリード。ゴルジュ側壁から大スラブに入っていく。私のビレー点からヤナセ君が見えないので高台でハタヤ君に状況を見てもらう。笛の音で私とハタヤ君が登る。2mほどの側壁を越え大スラブに入る。傾斜はゆるいが浮石が多く岩ももろい。石を落とさないように慎重に登る。ヤナセ君はハーケン2本を打って確保してくれていた。
「よいリスがなくて時間かかってしまいましたよ。」
 広大なもろいスラブは支点に苦労しそうだ。ここまで登ると右岸もよく見える。ここから見る右岸は極めて厳しそうである。
「右岸を登らなくてよかったですね。」
とハタヤ君、たしかにその通り。よくばっちゃいかんと自分を戒めた。
 さて、次にどう登るか。下から見たときはトラバスと思っていたが、浮石だらけで凹凸したスラブのトラバスはよいルートどりとは思えない。左上にスラブに帽子をかぶせたようなブッシュ帯がある。そのブッシュから小尾根を巻くのが我々の一致した考えであった。2ピッチ目アサノリードで左上する。途中2本ハーケンを打ちランニングとした。浮石はさらに多くなり大きいのを谷に捨てながら進んだ。ビレー点がフォールラインからはずれているので助かる。45m伸ばしてわずかなくぼ地にハーケンを2本打って下のふたりを迎えた。3ピッチ目はヤナセ君リード。45m伸ばしてブッシュ帯に達した。ブッシュ帯からアサノのリードでさらに1ピッチザイルを伸ばす。ブッシュ帯を左に巻き込むと急な崩壊斜面になっていた。しかたないのでブッシュ伝いに直上した。傾斜は次第に緩みやっと安全地帯に達した。上から見ると右俣ゴルジュの中には3つの滝がかかり、その先は穏やかな流れになっている。穏やかな流れの屈曲部にはどうぞ降りてきてくださいといわんばかりにブッシュ尾根の突端が入り込んでいる。我々はその突端をめがけて下降した。草付きスラブをトラバスし、ブッシュ帯に入り込んで真直ぐに下降する。ねらい通り尾根突端に達し、5mの懸垂下降で流れに戻った。時計を見ると早11:00、約3時間の大高巻きであった。
 ゴルジュを過ぎると流れは穏やかになる。ときおり現われる小滝、40mのナメ滝も容易に越えみるみる水量が減っていく。最後は30分の籔こぎで稜線に立った(12:30)。1591mピークのやや南に位置していた。握手で大畠谷成功の喜びを分かち合った。
 稜線のか細い道をコルへと下り開津谷へと下降する。子供の頭大の石がゴロゴロしており、落石に悩みながら下る。水流が現われてからは順調に下降しコルからものの1時間で今日のお宿の二俣に着いた。あいかわらずの霧雨だったが焚き火が心を和ませてくれた。火はありがたきものだ。ヤナセ君もハタヤ君も酒を飲まないので私だけウイスキー片手にほろ酔い気分、大畠谷を思い出しながらの楽しいひとときであった。

9月25日(日)

 7:10出発。今日も霧雨が降っている。でもあとは下るだけだ。気分よく岩から岩へと渡り進む。途中のゴルジュは右岸から巻く。最後のゴルジュも残置テープや懸垂下降で順調に下り、魚止滝15mを懸垂下降するとわずかで林道が現われた。林道終点からは1時間ほどで桂橋に到着した。(10:20)
 よきパートナーに恵まれて至福の3日間を過ごすことができた。心に残る山行であった。ヤナセ君、ハタヤ君ありがとう。

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ハタヤの所感

出発まで

「白山:大畠谷(おばたきたん)」。
8月中旬、アサノさんのメールに踊ったこの文字を見て興奮を抑えることができなかった。
荒涼とした大岩壁に囲まれた二俣、そこにたどり着くまでの幾多のハードル。雪稜に出入りを始めた年に出版された『日本の秘境』という冊子でその存在を知り、タカシマさんの報告を読んで以来、沢登りを続けている限りいつかは行ってみたい遥か先の憧れとして胸の中に宿し続けていた。
とはいえ、今年から自分で沢を登り始めたといってもせいぜい初心者向けを数えるほど。底がすぐに見えてしまう程度の経験で白山指折りの険谷に行きたいなどと口に出すのも時期尚早であることは十分に承知していたが、それでもせっかくやってきたこの機会。多少無理をしてでも逃がしたくはなかった。
夏合宿を終えて、自分がリーダーだと必要以上にマージンを大きく取ってしまうことを歯がゆく感じてもいた。このままものわかりのいい理由をつけて今の力量に安住してしまいそうな自分を叱咤するきっかけがほしかった。
アサノさんに恐る恐る参加を申し出たところ、ありがたいことにメンバーに加えていただけた。あとは粛々と準備を進めるだけだ。9月は第1週に池郷ゴルジュを覗かせていただき、第3週には日本海の小ピークを自転車で日帰りして、最低限の沢勘と体力は身に着けたと踏んだ。
さて、どこまで行けるだろうか。

9月22日(木)

22時の予定だったが21時55分には全員が集合して京都駅を出発する。アプローチは北陸道〜東海北陸道のルート。距離的には名神〜東海北陸道より30km程度長いが所要時間は10分程度短い。ひた走って4時間足らずで駐車地点に到着。距離は池郷ゴルジュの時の2倍近い(320km)がフルに有料道路を使うと思いのほか早かった。車中で3時間の仮眠を取る。

9月23日(金)

大畠谷橋の手前から沢床に降り立ち遡行を開始する。水は伏流しているのか流れはか細い。岩の質で見え方が変わってくるのか、水は蒼く澄んでおり磨かれた印象を受ける。足慣らしを済ませたところで30m2段滝が現れる。一見容易そうな右岸から高巻きに入る。藪に入る直前から斜面の切れ込みが急になりここからザイルを出す。メンバーはヤナセ氏、アサノ氏、ハタヤの3名。今回は、先の二俣でも、トップがダブルロープでザイルを伸ばしたあと、後続2名は少しの間隔を空けて同時に確保された状態で登り、登攀の安全性を高めスピードを速める戦術が取られた。50mザイル2ピッチ分巻いたあとトラバースに移る。高巻きを始めると顔の汗腺のすべてから汗が噴き出し始める。木の枝を足場にしようとすると裏切られるかのように身体もろとも滑ってしまう。藪の洗礼を受け感涙にむせびつつあるのか汗で視界が曇っているのかわからなくなってきた頃、ようやく降りるべき沢床が見えてきた。アサノさんいわく「これが、雪国の巻きだ。」東北だと、場所によってはこういう強い藪が3時間も4時間も続くこともあるそうである。大畠谷はまだ始まったばかり。この先もこんなのが続くのだろうか。
滝を巻き終えてから大谷出合まではしばらく穏やか。ヤナセさんは竿を出している。子持ちの丸々とした良形を一匹釣られた。そういえば、秋は岩魚の産卵期だった。
大谷出合を越え、快適に直登できる滝をいくつか通過、アクセントにCS滝2つを左岸に巻いて残置ハーケンで懸垂して沢床に降り立つと、いよいよ大畠谷のハードルが姿を現す。まずはきれいに切り立った6m滝の右壁を登攀。ヤナセさんリードで、空身になってつま先ほどのスタンスを探りながらザイルを伸ばす。続いて僕の番。ヤナセさんが時間をかけたところでやはり次の手が出なくなる。やや遠くにあるホールドを思い切って取りに行くところで足下のバランスを崩し一度テンションをかけてしまう。身体が宙に浮き全身から冷や汗を流す。これはいままでのやり方では通用しない。悟るように心を入れ替えて2度目にようやく登りきる。次の滝はアサノさんトップで釜を泳いで取り付く。一見水面から上がるところが渋そうに見えたが先ほどの滝に比べるとあっけなかった。次の7m滝は滝裏を左岸から右岸にくぐるアトラクション。これを越えると微妙なバランスを要求される滝がまた出てくる。アサノさんがトップで取り付き一旦左に足場を求めて右に逃げる。ヤナセさんはノーザイル。僕は確保されていたが足場をそろりと移す場面で緊張を隠せない。昼食を終え5m滝のシャワークライム。水を被るホールドが2箇所程度、念のために確保のうえ通過する。しばらく平凡な河原が続き40m滝を望む。踏み跡があったので左岸から巻き始めるが終わりが見当もつかず、支点が取れる場所を選んでザイル2本を連結して40mの懸垂下降。この難所を越えると彼方に左俣大滝の姿を認める。いよいよだ。
二俣に到着したのは遡行を始めて8時間後だった。『日本の秘境』で存在を知って以来、何度も夢に見た景観が目の前に広がっている。岩壁に走る深い襞に吸い込まれる右俣、天からとうとうと降り注ぐように流れ落ちる左俣大滝。押し寄せてきそうな岩の塊を前に僕たちはか弱い一匹の虫に過ぎない。岩壁に抱かれるようにツエルトを張り、火をおこす。ヤナセさんが釣られた岩魚はゆかり(梅のふりかけ)で味付けして食す。「背中からかじりつくと実が詰まっている」と教えていただいたところ、あまりの美味さに骨も頭も残さず食してしまった。夕食はアサノさんのシシトウをふんだんに入れたカレー。久しぶりに生米を一から炊く。
前夜発で渋めの遡行を続けてきたためか、焚き火のそばに寝そべってまどろんでしまう。満天の星が姿を見せたかと思えばガスに巻かれたり。空模様はあわただしく変わっていく。
とうとうここまで来てしまった。明日はあの岩壁を攀じるのだ。もう心配しても始まらない。僕にできるのは、いつもどおり心を落ち着かせることだけだ。
今宵は二俣で一夜の夢を結ぼう。

9月24日(土)

霧のような雨が舞いつづけている。これから登る右俣の上部はかすんで見えない。小雨の中の出発。右俣に入り2段目ほどの滝はショルダーで左岸から右岸に移る。その上の10m滝はきれいに切り立っていて絶望的。(アサノさんは鋭い眼光を滝の上部にしばらく注いでおられたが…)多くの記録でなされてきたように、多少傾斜が緩い左岸からゴルジュを巻くこととなる。ここからザイルを出す。ゴルジュの側壁から乏しい足場を慎重にスラブに乗り移る。スラブに上がると残置はおろかランニングビレイを取れる支点は全くなく、抜けるまで3Pの間ハーケンを打つほかない。一歩ごとに落石を起こすほど悪くはないが浮き気味の石に気は抜けず時には手許の掃除も辞さない。トップの曳いたザイルが擦れて浮石を誘発、後続のザックのベルトに当たったときは肝を冷やした。1P目を登ってようやく周りを見る余裕ができる。昨夜眠った河原が眼下に望める。覚悟してきたので恐怖感は封印してある。左俣大滝は泰然として身じろぎもしない。この風景をおさめておくのはこの機会をおいてほかにない。自己確保した状態で恐る恐る背後を振り向いて夢中でシャッターを切る。
巻き終えるまでヤナセさん、アサノさんが交互にザイルを伸ばす。ハーケンを打って支点を確保している苦労など感じさせないかのようにそのスピードは速い。(後続を確保する支点はハーケンを打ち込めるリス二つが最低限必要。しかも、リスの走っている箇所はハーケンが互いに干渉しない程度の距離がなければならない。一筋縄には行かないことは僕でも容易に理解できた)
3P目でブッシュへ。ここからは枝に支点を取れる。踏み跡などなく進むたびに眼鏡をもがれる手荒な歓迎を受けるが、これまでに比べると落石や滑落の心配は格段に減りむしろ心地よいほどだ。岩壁を巻き終えた4P目を終えるまで取り付いてから2時間半が経っていた。突然植生が小ぶりになってきたようだ。草付きをつかんで時には滑りながら尾根の終端をめがけてトラバース、最後は5m程度の懸垂で沢床に降り立つ。これで核心は巻いた。
ここから源頭近くまではほぼ水線通しの快適な遡行となる。40mの斜瀑は階段を登るように直登、3mほどのつるつるの滝は左の草付きにルートを求める。流れが途絶えてから稜線までの最後の30分は藪。核心を終えて気が緩んでしまったのだろうか、身体を藪に浮かせながら進む雪国の藪こぎに頭が白くなり始めた頃、ほぼ予定どおり1591ピークのやや南方に出る。握手を互いに交わす。なんとか最後まで行かせてもらえた。やや北に進んで奈良岳の南方のコルでヤナセさんのGPSで位置を特定、開津谷を下り始める。源頭からしばらく降りると浮石が連続して辟易するも、流れが出てくればあとは快適な河原歩き。下降を始めて1時間で二俣へ、右岸にツエルトを張れる広いスペースがあった。
朝から小雨が止まない。木も枝も湿り気味だがヤナセさんの持参された焚きつけは強力。多少の雨をものともせず焚き火に点火成功、濡れた身体を乾かす。
開津谷の二俣より下部は懸垂下降が連続するらしいが、いつも通り安全を心がけていれば大丈夫だろう。

9月25日(日)

出発してしばらく河原歩き、連瀑帯は右岸を大きく巻くと沢床にあっさり出られる。以降、落差があるところには残置のスリングがかかった箇所が2つほどありありがたく利用させていただく。泳ぐほどのゴルジュは現れないが荒涼と切り立った両岸の側壁が雪国の沢にいることを感じさせる。魚留滝は残置ハーケンと岩にかけたスリングで支点を取り1Pの懸垂下降。過去に巻かずに登った人がいるのだろうか、滝の右の水線脇には残置支点とスリングが認められた。
二俣を出発して2時間足らずで工事まっただ中の林道終点に到着。古い堰堤を壊して新たに堰堤を造り直しているようだった。あとは桂橋に向けて歩くだけ。桂湖のオートキャンプ場はこぎれいに整備された公園のよう。この3kmほど先にあの大岩壁が広がっていることを思うと妙な気分にさせられる。

おわりに

今の自分の力量では身に余るほどのルートで、このうえない贅沢な時間を過ごさせていただいた。
通過が厳しい場所であっても落ち着いて行動を続けられたのは、どんな場面でも冷静にルートを読み、果敢に乗り越えていったヤナセさんとアサノさんのおかげである。あらためてメンバーに加えていただいたことに感謝するほかない。
白山の沢はこれまで体験してきた紀伊半島や比良・鈴鹿とはまた違う匂いが漂っていた。まだ目にしたことのない景観があの山稜のひだに隠されているのだろうか。
僕も、できる範囲からでかまわない。自分の力で行けるルートの幅を広げていければと思う。

遡行図・ルート図

大畠谷右俣〜開津谷ルート図

大畠谷右俣〜開津谷遡行図
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大畠谷下部 2段30m滝ルート図

大畠谷下部 2段30m滝ルート図
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大畠谷二俣ゴルジュ大スラブ ルート図

大畠谷二俣ゴルジュ大スラブ ルート図
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行動中の写真

A: アサノ、無記名:ハタヤ

9月23日(金)

 

桂湖から大畠谷は始まる

 

ゴルジュの入口

 

2段30m滝。右岸を大きく巻く

 

渓の恵み

 

6m滝右壁の登攀: A

 

水中にホールドを求める: A

 

雪国のスラブ

 

2段40m滝。左岸を巻いて側壁を40m懸垂下降した: A

 

左俣大滝を彼方に認める。いよいよだ

 

二俣で一夜の夢を結ぼう

 

とうとうと流れる左俣大滝: A

 

天から滝が降り注ぐようだった

 

左俣大滝の遠景

 

ゆかりをまぶして岩魚を食す

9月24日(土)

 

ルートを睥睨する

 

右俣ゴルジュに突っ込む: A

 

10m滝から左岸を巻き始める

 

1Pビレイ点から。自然の造形

 

1P、ゴルジュからスラブに移る。: A

 

浮石が多いなか、ハーケンで支点を取っての登攀が続く

 

絶望的な滝が続く右俣ゴルジュ

 

藪が近い

 

ブッシュに支点を取り後続を迎える: A

 

かなり高度を稼いだ

 

身じろぎもしない左俣大滝: A

 

沢床に懸垂して核心を終える

 

階段を登るような40m滝

 

開津谷二俣のテン場

 

小雨でも焚き火はできる

 

火のそばにいるだけで、満たされる思いになる

9月25日(日)

 

雪国の切り立った壁

 

魚留めの滝を懸垂下降

 

魚留めの滝。右壁に残置を認めた

 

堰堤の工事が進んでいた

 

整備されたキャンプ場のすぐそばに、日本の秘境がある


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